ビーマイゲスト
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ビーマイゲスト | |
|---|---|
| 欧字表記 | Be My Guest |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1974年4月12日[1][2] |
| 死没 | 2004年2月19日(30歳没)[1][3] |
| 父 | Northern Dancer |
| 母 | What a Treat |
| 母の父 | Tudor Minstrel |
| 生国 |
|
| 生産者 | Walter Heafner[1] |
| 馬主 | Diana Manning[1] |
| 調教師 | Vincent O'Brien(アイルランド)[3] |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 7戦4勝[1] |
| 獲得賞金 | 28,814ポンド[1] |
ビーマイゲスト(Be My Guest)とは、アメリカ合衆国で産まれたサラブレッドの競走馬である。現役時代はアイルランドで調教を受け、種牡馬となってからはクールモアスタッドで供用されていた。
競走馬時代
ケンタッキー州の生産者ウォルター・ハーフナーが生産したサラブレッドの牡馬である。父は大種牡馬ノーザンダンサー、母ワットアトリートは1965年の最優秀3歳牝馬という良血の生まれで、1975年にゴフズのイヤリングセールに上場された際には、当時のヨーロッパ記録である12万7000ギニーで落札された[3]。
1976年、2歳時は2戦して1勝を挙げた。
1977年、ラドブロークブルーリバンドトライアルステークス(エプソム・8ハロン110ヤード・G3)を制し重賞初勝利。ニジンスキーステークス(カラ・10ハロン)で2着ののち、ウォーターフォードクリスタルマイル(グッドウッド・8ハロン・G2)とデズモンドステークス(カラ・8ハロン・G3)の2競走を優勝、7戦して4勝の戦績で引退した[1][3]。
種牡馬時代
1978年に80万ドルのシンジケートを組まれ、アイルランドのクールモアスタッドで種牡馬となった。初年度からアサート (Assert) 、オンザハウス (On the House) といった活躍馬を輩出し1982年イギリス、アイルランドのリーディングサイアーとなる[1]。イギリスジョッキークラブの調べによれば、ビーマイゲストの産駒1175頭のうち630頭が勝ち上がり、うち67頭がステークス競走勝ちを収めている[1][注 1]。
おもな産駒
- Assert(1979年生、1982年ジョッケクルブ賞、アイリッシュダービー、ベンソン&ヘッジスゴールドカップ、ジョーマクグラスメモリアルステークス)
- On the House(1979年生、1982年1000ギニー、サセックスステークス)
- Luth Enchantee(1980年生、1983年ジャック・ル・マロワ賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞)
- Go And Go(1987年生、1990年ベルモントステークス)
- Pelder(1990年生、1995年ガネー賞)
- Pentire(1992年生、1995年アイリッシュチャンピオンステークス、1996年キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス)
- Valentine Waltz(1996年生、1999年プール・デッセ・デ・プーリッシュ)