ピエタと聖人たちの携帯祭壇画

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製作年1603年
寸法43.8 cm × 31.2 cm (17.2 in × 12.3 in)
『ピエタと聖人たちの携帯祭壇画』
イタリア語: Tabernacolo portatile con la Pietà, scene di santi e martiri
英語: Portable Altarpiece with “Pietà” and Saints
作者アンニーバレ・カラッチ
製作年1603年
種類キャンバス銅板黒檀上に油彩
寸法43.8 cm × 31.2 cm (17.2 in × 12.3 in)
所蔵バルベリーニ宮国立古典絵画ローマ

ピエタと聖人たちの携帯祭壇画』(ピエタとせいじんたちのけいたいさいだんが、: Tabernacolo portatile con la Pietà, scene di santi e martiri: Portable Altarpiece with “Pietà” and Saints)は、イタリアバロック絵画ボローニャ派の巨匠アンニーバレ・カラッチが1603年にキャンバス上に油彩で制作した個人礼拝用の絵画である[1]ファルネーゼ宮殿 (ローマ) のフレスコ画『神々の愛』同様[1]オドアルド・ファルネーゼ枢機卿英語版により委嘱された[1][2]。現在、ローマのバルベリーニ宮国立古典絵画に所蔵されている[1][2]

上記のように、この作品は元来、オドアルド・ファルネーゼ枢機卿が所有していたもので、1619年のファルネーゼ家の目録にアンニーバレ・カラッチの作品として記載されている[2]。アンニーバレへの帰属は疑問視されなかったが、1956年に様式的理由によってカラッチの工房、とりわけインノチェンツォ・タッコーニ (Innocenzo Tacconi) の手に帰された。とはいえ、パリルーヴル美術館にある素描にもとづき、全体の意匠はアンニーバレに帰属されていた[2]

最近では、記録文書の研究により、本作がファルネーゼ枢機卿から直接アンニーバレに委嘱されたことがわかっている。委嘱されたのは1603年で、枢機卿がイングランド王としての継承権を放棄した年にあたるが、この委嘱の重要性からアンニーバレへの帰属は否定しにくい[2]。中央パネルのピエタの高い質、および中央パネルとほかの多くのアンニーバレのピエタ作品との比較により、中央パネルの制作はアンニーバレの手になると考えられる。しかし、アンニーバレが両翼パネルの制作を弟子たち (インノチェンツォ・タッコーニ、またはアントニオ・カラッチ) に委ねた可能性はある。両翼パネルの制作は、細部においてやや異なっているからである[2]

作品

脚注

外部リンク

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