ピエロ・ヤイエル
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1884年4月11日、イタリアのジェノヴァに牧師の子として生まれるが、1897年に父が自殺したため母に連れられてフィレンツェで過ごした。高校では奨学金を頼りに神学を学んだ。宗教は反カトリックのヴァルド派を信仰した。
同国出身の作家ジュゼッペ・プレッツォリーニとジョヴァンニ・パピーニらが創刊した雑誌『ラ・ヴォーチェ』の同人となり、ジーノ・ブランキ(Gino Bianchi)名義で文筆活動を行った。
第一次世界大戦中は将校としてアルプス山脈の前線に赴いた[1]。1920年に著された小説『わたしと山岳兵と(Con me e con gli alpini)』はこの頃の体験をもとに書かれたものである。
ファシズム体制が確立すると、執筆から手を引いてボローニャのトレニタリアで働いて過ごし、1966年9月10日にフィレンツェで亡くなった。
ヤイエルは詩人以外にもフランスの作家アンドレ・ジッド、ポール・クローデルやイギリスの作家ジョゼフ・コンラッド、中華民国の文学者・林悟堂の作品を翻訳し、イタリアに紹介したことでも知られる[1][2]。
主な作品
- 1919年、『少年 (ヤイエル)』
- 1920年、『わたしと山岳兵と(Con me e con gli alpini)』
- 1939年、『Ragazzo e prime poesie』
- 1961年、『Arte alpina』