ピンダッド
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現地語社名 | Perindustrian Tentara Nasional Indonesia-Angkatan Darat |
|---|---|
種類 | 国有企業 |
| 業種 |
製造業(軍需産業) 輸送用機械 化学 |
| 設立 | 1808年、Artillerie Constructie Winkel (ACW)として |
| 本社 | 、 |
| 製品 |
戦闘車両 武器 銃弾 農業機械 建設機械 貨物自動車の製造開発 |
| 売上高 |
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利益 |
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| 総資産 |
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| 純資産 |
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従業員数 | 2,588名(2019年) |
| ウェブサイト | pindad.com |
ピンダッド(PT Pindad インドネシア語:Perindustrian Tentara Nasional Indonesia-Angkatan Darat インドネシア陸軍工業)(Persero 国有株式会社)は、軍事用車両と民間商業製品の開発と製造を行うインドネシアの国有企業。インドネシア国軍や法執行機関に対し武器や銃弾、兵器などの軍需品の納入のほか、サイバーセキュリティ対策なども行う。民間部門では貨物自動車や商業用の爆薬、クレーンやショベルカーなどの建設機械や、各種インフラ機器など工業製品全般を取り扱っており[1][2] 、ピンダッドではインドネシア国軍に纏わる兵器の設計開発、製造、メンテナンスを含む全般を請け負っている[3]。ジャワ島西部の都市、バンドンに本社を構える。
1808年、オランダの政治家でインドネシア総督であったヘルマン・ウィリアム・ダンデルスはスラバヤに軍需製品のための工場Artillerie Constructie Winkel (ACW)の設立を命じたことが起点となっている。その後、オランダ領東インド政府は海軍向け大砲の工場Proyektiel Fabriek(PF)の設立を1850年に命じている。1851年には名称がACWに変更されている[4]。
1923年から1932年の間に、スラバヤの工場はバンドンに移設され、名称がArtillerie Inrichtingen(AI)に変更され統一が行われている。日本統治時代には第一鋼造(Dai Ichi Kozo, DIK)に改名。その後、名称はLeger Productie Bedrijven(LPB)に変更されている。
1950年4月29日、オランダ・インドネシア円卓会議上に於いて、オランダは主権をインドネシア連邦共和国に譲渡することに署名。オランダ国防省のインドネシア庁(LFB)もインドネシア国軍への移管に伴い名称もPabrik Senjata dan Mesiu (PSM) となり国営の軍需産業となっている。PSMは1958年にPabrik Alat Peralatan Angkatan Darat(Pabal AD)に、1962年にはPerindustrian TNI Angkatan Darat(Pindad)に改名が行われ現在に至っている[1]。










