ファビオ・クアリャレッラ

イタリアのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ファビオ・クアリャレッラFabio Quagliarella, 1983年1月31日 - )は、イタリアカステッランマーレ・ディ・スタービア出身の元サッカー選手。元イタリア代表。現役時代のポジションはフォワードミッドフィールダー

愛称 クアッリャ、グアリャベッラ、クアリャゴール、マサニエッロ
ラテン文字 Fabio Quagliarella
生年月日 (1983-01-31) 1983年1月31日(43歳)
概要 ファビオ・クアリャレッラ, 名前 ...
ファビオ・クアリャレッラ
トリノ時代のクアリャレッラ (2015年)
名前
愛称 クアッリャ、グアリャベッラ、クアリャゴール、マサニエッロ
ラテン文字 Fabio Quagliarella
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1983-01-31) 1983年1月31日(43歳)
出身地 カステッランマーレ・ディ・スタービア
身長 180cm
体重 79kg
選手情報
ポジション FWStriker, CF, SS[1][2]
MFAM[1]
利き足 右足
ユース
イタリアの旗 グラニャーノ
1993-1995 イタリアの旗 トリノ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2005 イタリアの旗 トリノ 39 (7)
2002-2003 イタリアの旗 フィオレンティーナ (loan) 12 (1)
2003-2004 イタリアの旗 キエティ (loan) 43 (19)
2005-2006 イタリアの旗 アスコリ 33 (3)
2006-2007 イタリアの旗 サンプドリア 35 (13)
2007-2009 イタリアの旗 ウディネーゼ 73 (25)
2009-2010 イタリアの旗 ナポリ 34 (11)
2010-2014 イタリアの旗 ユヴェントス 84 (23)
2014-2016 イタリアの旗 トリノ 50 (18)
2016 イタリアの旗 サンプドリア (loan) 16 (3)
2016-2023 イタリアの旗 サンプドリア 242 (89)
通算 645 (209)
代表歴2
2000-2001  イタリア U-18 8 (1)
2001  イタリア U-19 9 (1)
2002-2004  イタリア U-20 8 (2)
2004  イタリア U-21 2 (1)
2007-2019 イタリアの旗 イタリア 28 (8)
1. 国内リーグ戦に限る。2023年7月2日現在。
2. 2019年6月11日現在。
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日本では、翻訳者によってクアリアレッラと表記されることもある。

クラブ経歴

1999年、トリノFCにてデビュー。レンタル移籍で当時セリエC2を戦っていたACFフィオレンティーナでのプレー経験もある。2005年にトリノが破産するとその年にウディネーゼ・カルチョへ移籍し、昇格したアスコリに保有権の半分が売却されアスコリにてプレーする。

2006年7月15日、UCサンプドリアへ移籍。ワルテル・ノヴェッリーノ監督の下、フランチェスコ・フラーキを欠いて苦しむチームにおいてブレイクし13ゴールをマークして注目を集める。2007年6月21日にウディネーゼへ完全移籍で復帰。アントニオ・ディ・ナターレらと共に攻撃的なサッカーでゴールを量産。2009年6月1日に5年契約でSSCナポリへ移籍[3]。13得点を挙げる活躍を見せたが、1年で退団した。

2010年8月27日、ユヴェントスFCへレンタル移籍。ユヴェントスはナポリにレンタル料として450万ユーロを支払い、さらにシーズン終了後に1050万ユーロを支払うことで完全移籍させることが出来る契約となった[4]。開幕からレギュラーとして活躍し17試合で9ゴールと好調を維持するが、2011年1月6日のパルマFC戦で右膝前十字靭帯を損傷、残りのシーズンを棒に振り、好調だったチームもしだいに失速して7位に沈んだ[5]。シーズン終了後の6月22日にユヴェントスに完全移籍。その後はアレッサンドロ・マトリミルコ・ヴチニッチカルロス・テベスフェルナンド・ジョレンテといったFWが加入し定位置を失ったものの、一定の出場機会を得た。

2014年7月18日、古巣のトリノFCへ完全移籍[6]。移籍金は300万ユーロ。

2016年2月2日、退団したエデルの後釜として古巣UCサンプドリアへ買取義務付きのレンタルで復帰[7]。2017年8月21日に行われた2017-18シーズン開幕戦のベネヴェント・カルチョ戦で2得点を挙げ好調のままシーズンをスタート。2018年1月21日のACFフィオレンティーナ戦においてハットトリックを達成し[8]、最終的に当時35歳でキャリアハイとなる19得点を叩き出した。

2018年9月2日、ナポリ戦でバックヒールボレーでゴールを挙げ、このゴールは2019年のプスカシュ賞にノミネートされた[9]。2019年1月26日、セリエAのウディネーゼ戦で2ゴールを決め、セリエA11試合連続得点を達成し、1994-95シーズンにガブリエル・バティストゥータが打ち立てたセリエA連続試合得点記録に並んだ[10]。3月10日、アタランタBC戦でシーズン20得点目を記録し、2014-15シーズンのルカ・トーニ以来史上2人目となる36歳以上でセリエAでのシーズン20得点を記録した選手となった[11]。その後も好調を維持し最終的に26ゴールを決め、36歳ながらセリエAの得点王に輝いた[12]

2019年12月7日、2021年まで契約を延長した[13]。2020-21シーズン、リーグ最終節のパルマ戦でリーグ戦500試合出場を達成、この試合で1ゴールを挙げるなど、シーズン中はリーグ戦33試合で13ゴールを決めた[14]。2021年6月1日、クラブとの契約を2022年まで延長した[15]

2022年7月4日、クラブとの契約を2023年まで延長した[16]。2023年3月5日、サレルニターナ戦で史上5人目となるセリエA550試合出場を果たした[17]。7月7日、サンプドリアを退団することが発表された[18]

代表経歴

イタリア代表では、2007年6月7日に対リトアニア戦で2ゴールを決め快勝したことから、この年の移籍市場では話題を呼んだ。EURO2008のイタリア代表メンバーに招集された。

2010 FIFAワールドカップのメンバーにも選出され[19]、グループリーグ最終節・スロバキア戦では後半1分から交代で出場し、アディショナルタイムに見事なループシュートでゴールを決めたが、チームは2-3で敗れてグループリーグ敗退となりW杯連覇は成らなかった。

その後2015年を最後に代表には招集されていなかったが、サンプドリアでの活躍により2019年3月のUEFA EURO 2020予選の2試合のメンバーに選出された[20]。23日のフィンランド戦には後半35分から途中出場し、2010年11月以来3048日ぶりの出場を果たすと[21]、続く26日のリヒテンシュタイン戦では先発に名を連ね、PKにより2得点を決めた[22]。この36歳54日でのゴールは、2008年6月にクリスティアン・パヌッチが記録したイタリア代表の最年長得点記録を約11年ぶりに塗り替えるものとなった[23]

人物

クラブでは一貫して27番を着用していたが、これは2001年2月に交通事故で亡くなったユース時代のチームメイトのニッコロ・ガッリの番号である[24]

2022年4月23日に行われたエラス・ヴェローナFC戦の試合終了後にチームメイトの吉田麻也と口論となり、吉田はクアリアレッラを突き飛ばすような振る舞いを見せ、チームの選手達がサポーターの元へ挨拶に向かう中、吉田は一人だけ先にロッカールームに向かっていった[25]。翌日クアリアレッラは自身のSNS上で吉田とは和解したと報告した[25]。吉田はシーズン終了後にDAZNにて配信されている内田篤人の番組にてこの出来事を振り返り、海外でプレーする上で自己主張が大事であり、自分の振る舞いや行動をアンダー世代の子供達に学んでほしいといった趣旨の意見を述べた[26]が、吉田はヴェローナ戦だけでなくユベントス戦でのオウンゴールボローニャ戦での低調なパフォーマンスで、サンプドリア専門サイトから痛烈に批判を受けていた[25]

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 28試合 8得点(2007年-2019年)[27]
さらに見る イタリア代表, 国際Aマッチ ...
イタリア代表国際Aマッチ
出場得点
200772
200831
200970
201083
201100
201200
201300
201400
201500
201600
201700
201800
201932
通算288
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タイトル

クラブ

ユヴェントス

個人

  • AIMオスカー・サッカー賞 : 2009
  • セリエA最優秀FW賞 : 2018-19
  • セリエA得点王 : 2018-19

脚注

外部リンク

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