サッカースロバキア代表
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|---|---|---|---|---|
| 国または地域 |
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| 協会 | スロバキアサッカー協会 | |||
| 愛称 | レプレ (Repre) | |||
| 監督 |
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| 最多出場選手 | マレク・ハムシーク(136試合) | |||
| 最多得点選手 | マレク・ハムシーク(26得点) | |||
| ホームスタジアム | テヘルネー・ポレ | |||
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| 初の国際試合 |
1994年4月20日対クロアチア 4-1 | |||
| 最大差勝利試合 |
2004年9月8日対リヒテンシュタイン 7-0 2009年6月6日対サンマリノ 7-0 | |||
| 最大差敗戦試合 |
1995年6月22日対アルゼンチン 0-6 | |||
| FIFAワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 1[注釈 1]回(初出場は2010) | |||
| 最高成績 | ベスト16 | |||
| UEFA欧州選手権 | ||||
| 出場回数 | 3[注釈 2]回 | |||
| 最高成績 | ベスト16 (2016, 2024) | |||
サッカースロバキア代表(サッカースロバキアだいひょう、スロバキア語:Slovenská futbalová reprezentácia)は、スロバキアサッカー協会(SFZ)によって構成されるスロバキアのサッカーのナショナルチームである。ホームスタジアムは、首都・ブラチスラヴァにあるテヘルネー・ポレ。
愛称のレプレ(Repre)とは、スロバキア語で代表を意味する「レプレゼンターツィア」に由来している[1][2] 。ユニフォームの色は、国旗の色でもある汎スラヴ色の三色の中から白と青を基調としている。
1939年から1944年までの間、スロバキア共和国として16試合を戦っているが、第二次世界大戦後は再びチェコスロバキア代表として戦うことになった。同代表は1994年アメリカW杯欧州予選の期間中であった1993年1月1日のビロード離婚以降も活動を続け、同予選までを「チェコスロバキア代表」として戦った(結果は予選敗退)。
その後、スロバキア代表として活動を開始。UEFA欧州選手権は1996年イングランド大会、FIFAワールドカップは1998年フランス大会から予選に参加し、W杯には2010年の南アフリカ大会で分離独立後初の本大会出場を果たすことになった。
本大会では初戦でニュージーランドと対戦。試合を優位に進めたスロバキアは50分にローベルト・ヴィッテクの得点で先制したがロスタイムに失点を許し1-1の引分[3]。第2戦のパラグアイ戦は0-2で敗れグループリーグ敗退の危機に直面した。第3戦は前回優勝国のイタリアとの対戦となったが、25分と73分にヴィッテク、89分にカミル・コプーネクがシュートを決め3得点、終了間際のイタリアの反撃を抑え3-2でワールドカップ初勝利を飾ると共に初の決勝トーナメント進出を果たした[4]。決勝トーナメント1回戦はオランダとの対戦となったが、18分と84分に失点を許し、ロスタイムにヴィッテクが今大会4点目となるPKで追い上げたが1-2で敗れ準々決勝進出はならなかった[5]。
UEFA欧州選手権は、2016年フランス大会で予選を突破し初めて出場した。同大会ではグループリーグのロシア戦で本大会初勝利を記録し、グループリーグを通過した。決勝トーナメントでは、ラウンドオブ16でドイツに0-3で敗れた。
FIFAワールドカップでは2014年大会、2018年大会、2022年大会と3大会連続でヨーロッパ1次予選で敗退した。2018年大会予選ではグループリーグで2位になったものの、各組2位の9チームで成績が最下位だったためプレーオフ進出を逃した[6]。
UEFA EURO 2024ではグループリーグ初戦でベルギーを1-0で破る金星を挙げた[7]。ウクライナ戦に敗れたものの、ルーマニア戦で引き分けて、グループ3位ながら決勝トーナメント進出を果たした。
成績
FIFAワールドカップ
| FIFAワールドカップ成績 | 予選成績 | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 開催年 | 結果 | 順位 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | メンバー | 順位 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | |
| 予選敗退 | 4位 | 10 | 5 | 1 | 4 | 18 | 14 | ||||||||||
| 3位 | 10 | 5 | 2 | 3 | 16 | 9 | |||||||||||
| 2位 | 14 | 6 | 6 | 2 | 26 | 14 | |||||||||||
| ベスト16 | 16位 | 4 | 1 | 1 | 2 | 5 | 7 | メンバー | 1位 | 10 | 7 | 1 | 2 | 22 | 10 | ||
| 予選敗退 | 3位 | 10 | 3 | 4 | 3 | 11 | 10 | ||||||||||
| 2位 | 10 | 6 | 0 | 4 | 17 | 7 | |||||||||||
| 3位 | 10 | 3 | 5 | 2 | 17 | 10 | |||||||||||
| 通算成績 | ベスト16 | 1/6 | 4 | 1 | 1 | 2 | 5 | 7 | – | – | 74 | 35 | 19 | 20 | 128 | 74 | |
UEFA欧州選手権
| UEFA欧州選手権成績 | 予選成績 | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 開催年 | 結果 | 順位 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | メンバー | 順位 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | |
| 予選敗退 | 3位 | 10 | 4 | 2 | 4 | 14 | 18 | ||||||||||
| 3位 | 10 | 5 | 2 | 3 | 12 | 9 | |||||||||||
| 3位 | 8 | 3 | 1 | 4 | 11 | 9 | |||||||||||
| 4位 | 12 | 5 | 1 | 6 | 33 | 23 | |||||||||||
| 4位 | 10 | 4 | 3 | 3 | 7 | 10 | |||||||||||
| ベスト16 | 14位 | 4 | 1 | 1 | 2 | 3 | 6 | メンバー | 2i位 | 10 | 7 | 1 | 2 | 17 | 8 | ||
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 7 | メンバー | 3位 | 10 | 5 | 2 | 3 | 15 | 12 | |||
| ベスト16 | 12位 | 4 | 1 | 1 | 2 | 4 | 5 | 2位 | 10 | 7 | 1 | 2 | 17 | 8 | |||
| 通算成績 | ベスト16 | 3/8 | 11 | 3 | 2 | 6 | 9 | 18 | – | – | 80 | 40 | 13 | 27 | 126 | 97 | |
UEFAネーションズリーグ
| UEFAネーションズリーグ成績 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | リーグ | グループ | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | 昇降格 | 順位 |
| B | 1 | 4 | 1 | 0 | 3 | 5 | 5 | 21位 | ||
| B | 2 | 6 | 1 | 1 | 4 | 5 | 10 | 30位 | ||
| C | 3 | 6 | 2 | 1 | 3 | 5 | 6 | 43位 | ||
| 通算成績 | 16 | 4 | 2 | 10 | 15 | 21 | 21位 | |||
現招集メンバー
2021年5月19日、24人の暫定メンバーを発表した[8]。6月2日、26人の最終登録メンバーを発表した (ダーヴィド・ハンツコ、マルティン・コスツェルニーク、マルティン・ヴァルイェント、ヤクブ・フロマダ、ヤーン・グレグシュ、イヴァン・シュランツの6人が追加選出され、ヤクブ・ホルベク、マトゥーシュ・ベロ、エリク・イルカ、ダヴィド・ストレレツの4人が外れる)[9]。
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歴代監督
ジョゼフ・ベングロシュ 1993-1995
ヨゼフ・ヤンケフ 1995-1998
ドゥシャン・ラドルスキー 1998
ヨゼフ・アダメツ 1999-2002
ラディスラフ・ユルケミク 2002-2003
ドゥシャン・ガリス 2004-2006
ヤーン・コツィアン 2006-2008
ヴラディミル・ヴァイス 2008-2012
スタニスラフ・グリガ、ミハル・ヒップ 2012-2013
ヤーン・コザーク 2013-2018
パヴェル・ハパル 2018-2020
フランチェスコ・カルツォーナ 2022-
