フィデナエの戦い (紀元前8世紀)
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戦闘
この戦いに関しては、二つの異なった説がある。一つは、ローマは騎兵の奇襲により城門を破壊させ、その後ロームルスが全軍を率いて突入し、にフィデナエを占領したというものである[10]。
もう一つは、フィデナエが仕掛けたというものである。フィデナエはローマとの戦いを急ぎ、フィデナエとローマの間に騎兵を派遣して略奪を行い、その周辺の住民をおびえさせた[10]。ローマはこれにすばやく反応した。ロームルスは自身が軍を率い、北へ向かってテヴェレ川を超え、フィデナエから1マイルまでに迫った[9]。
フィデナエに残っていた守備塀は多くは無かったため、ロームルスは兵のほとんどを近くの森に隠し、待ち伏せ攻撃を意図した[9]。続いて城門に対して無謀と思える攻撃を行ったが、これはフィデナエ兵を出撃させるための欺瞞攻撃であり、適当な時期に騎兵は撤退した。これを追撃したフィデナエ軍はローマ軍の待ち伏せ攻撃を受けた[9]。
待ち伏せは成功した[10]。一度城門を開いて出撃すると、そこは敵の真っ只中であった。ローマ軍の第一列を撃破できたとしても、直ちに他のローマ兵に押し返された。ローマ軍はフィデナエに殺到し、勝利した[9][10]。