フィリップ・ホジナー
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2013年のホジナー | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Philipp Hosiner | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1989年5月15日(36歳) | |||||
| 出身地 | アイゼンシュタット | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 11 | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ユース | ||||||
| 1996-2001 |
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| 2001-2002 |
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| 2002-2005 |
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| 2005-2006 |
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| 2006-2008 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2008-2009 |
| 31 | (12) | |||
| 2009-2010 |
| 20 | (1) | |||
| 2010-2011 |
| 33 | (13) | |||
| 2011-2012 |
| 38 | (15) | |||
| 2012-2014 |
| 64 | (41) | |||
| 2014-2015 |
| 12 | (0) | |||
| 2015-2016 |
→ | 15 | (1) | |||
| 2016-2018 |
| 44 | (8) | |||
| 2018-2019 |
| 14 | (3) | |||
| 2019-2020 |
| 28 | (19) | |||
| 2020-2022 |
| 42 | (10) | |||
| 2022- |
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| 代表歴 | ||||||
| 2006 |
| 3 | (0) | |||
| 2008 |
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| 2009 |
| 3 | (0) | |||
| 2011-2013 |
| 5 | (2) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2021年12月18日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
フィリップ・ホジナー(Philipp Hosiner、1989年5月15日 - )はオーストリア・アイゼンシュタット出身のサッカー選手。キッカーズ・オッフェンバッハ所属。ポジションはフォワード。
7歳で地元のSC Eisenstadtに入団。オーストリア・ブンデスリーガに属するSVマッテルスブルクの育成部門などで育ち、16歳で2. ドイツ・ブンデスリーガに属するTSV1860ミュンヘンのU18チームに移籍。
2006-07シーズンにはドイツ・U18全国選手権で優勝し、決勝戦ではVfLヴォルフスブルクを相手に決勝点を決めた。2007-08シーズンには23試合で16得点を記録した。
当時の育成部門でのチームメートにはユリアン・バウムガルトリンガー(バイエル・レバークーゼン)やトビアス・シュトローブル(ボルシア・メンヒェングラートバッハ)、ティモ・ゲプハルト(ハンザ・ロストック)らがいた。
2007-08シーズン後、同クラブでプロ契約を結びトップチーム昇格を果たす。初シーズンは基本トップチームで練習をしながらドイツ・レギオナルリーガに属するセカンドチームで公式戦に出場。31試合で12得点8アシストを記録し、チームのトップスコーラーになった。
その後は3. リーガに属するSVザントハウゼン、オーストリア・エアステリーガ(オーストリア2部)に属するファースト・ヴィエナFC、オーストリア・ブンデスリーガ1部に属するFCアドミラ・ヴァッカー・メードリングへと徐々にステップアップを果たし、2012年8月31日にオーストリア・ブンデスリーガに属するFKアウストリア・ウィーンへ移籍した。
ペーター・シュテーガー監督(現在1.FCケルン監督)の下チームにもフィットし、2012-13年シーズンでは30試合で27得点7アシストを記録。7年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。
2013-14シーズンではオーストリア・ブンデスリーガでは34試合に出場し14得点8アシストを記録。UEFAチャンピオンズリーグの予選では4試合で1アシスト、アトレティコ・マドリード、FCポルト、FCゼニト・サンクトペテルブルクと同グループになったUEFAチャンピオンズリーグの本大会では6試合に出場し2得点1アシストを決めた。
2014年夏、フランス・リーグ・アンに属するスタッド・レンヌに移籍したが、当初は原因不明のまま体調不良に悩まされるようになりほぼシーズンを通して試合に出場できなくなった。様々な精密検査を行った結果、体調不良の原因と診断された約2kgの重さにまで膨れ上がった腎細胞癌が2015年1月に発見され、2月に手術を受けた[1]。その後はリハビリを続け、2015年5月には試合勘を取り戻すためにスタッド・レンヌのセカンドチームの公式戦に出場[2]。
2015年夏にはドイツ・ブンデスリーガに属する1.FCケルンにレンタル移籍。徐々に試合勘を取り戻し、15試合に出場し1得点を決めた。
2016年夏、スタッド・レンヌにはレンタルバックせず、2. ブンデスリーガに属する1.FCウニオン・ベルリンに移籍した。2016-17シーズンでは24試合に出場し6得点1アシストを記録した。
2018年7月11日、SKシュトゥルム・グラーツに移籍した。
2019年9月22日、ケムニッツFCに移籍した。
2020年、1.FCディナモ・ドレスデンに移籍した。
2022年1月11日、キッカーズ・オッフェンバッハに移籍した。
代表歴
U20までのカテゴリーでは招集され、2011年にA代表デビューを果たしたが、同じフォワードのポジションにギド・ブルクシュタラー(シャルケ04)やマーティン・ハルニック(ハノーファー96)、マルク・ヤンコ(FCバーゼル)、マルコ・アルナウトヴィッチ(ストーク・シティFC)らがいるため、2017年5月現在A代表には招集されていない。
プレースタイル
スピードと正確なシュート技術、ゴール前での冷静なプレーが特徴。ツートップでは主に身長のあるターゲットプレーヤーと組み、自らのスピードを生かして危険なスペースへの侵入を繰り返す[要出典]。
プロデビュー当初は主にカウンターで生きるフォワードとして評価されていたが、FKアウストリア・ウィーンに移籍以降は1,5列目に下がりチームの組み立てに参加することも多くなったため、フォワードとしてはボールに触れる回数やパス本数が多い。2013-14年シーズンでの1試合当たりの平均ボールタッチ数は51,3回、平均シュート数は5,05本、シュートに繋がる味方へのラストパスは平均で2,84本であった[3]。プレースタイルが似ていることからウルグアイ代表のエディンソン・カバーニと比較された[3]。また、決定力が高いことで知られており、2012-13年シーズンの7月から1月まで挙げた21得点のために打ったシュートは僅か64本、と3本に1本のシュートがゴールに入る決定力であった[4]。
基本ツートップもしくはワントップのフォワードとして試合に出場しているが、チーム事情によってはトップ下として出場することもある[5]。