フェリーかつら

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船籍 日本の旗 日本
運用者 大阪高知特急フェリー (1971年 - 1981年)
関西汽船 (1982年)
フェリーかつら
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
所有者 大阪高知特急フェリー
運用者 大阪高知特急フェリー (1971年 - 1981年)
関西汽船 (1982年)
建造所 幸陽船渠
母港 大阪[1]
姉妹船 フェリーなにわ
航行区域 沿海[1]
信号符字 JI2662[1]
IMO番号 7112668
経歴
起工 1971年3月20日[2]
進水 1971年6月11日[2]
竣工 1971年9月13日[2]
就航 1971年9月20日[3]
運航終了 1982年12月
要目
総トン数 4,693.95トン[1]
全長 120.80 m[1]
登録長 114.83 m[1]
垂線間長 111.88 m[1]
20.40 m
型幅 20.40 m[1]
型深さ 6.80 m[1]
喫水 3.87 m[1]
満載喫水 4.98 m[1]
機関方式 ディーゼル
主機関 新潟鉄工6MMG31EZ 4基[1]
推進器 2軸
出力 8,000 PS[1]
最大速力 18.93ノット[1]
航海速力 17.28ノット[1]
航続距離 2,700海里[1]
旅客定員 818名[1]
乗組員 28名[1]
車両搭載数 8トントラック60台、乗用車80台
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フェリーかつらは、大阪高知特急フェリーが運航していたフェリー

就航航路

大阪高知フェリーのフェリー化第一船として幸陽船渠で建造され、1971年9月20日に就航[3]関西汽船より継承した在来客船の一部運航を置き換えた。翌1972年、土佐特急フェリーとの合併により、社名は大阪高知特急フェリーとなった。

1981年4月、ニューかつらの就航により引退。1982年2月、関西汽船に用船され[1]、12月に室戸汽船から用船したフェリーむろと (初代)くるしま丸として就航するまで、小倉 - 松山航路で運航された。

返船後、1984年に永雄商事に売船[4]、1990年、フィリピンのSweet Linesに売却され、Sweet Gloryとして就航した。

大阪高知特急フェリー(1971年 - 1981年)

就航当初3ヶ月は在来客船「平和丸」「明石丸」と併用された。同型船「フェリーなにわ」の就航により完全フェリー化された後は、本船との2隻により昼夜各1往復(火曜は夜行のみ)[5]を運航したが、1975年以降は夜行便1往復となり、繁忙期に臨時便として昼行便1往復を増便する形となった[6]

設計

フェリーなにわの同型船である。

船内設備

事故・インシデント

脚注

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