1950年(昭和25年)4月に藤沢駅南口で396席の「藤沢中央映画劇場」を開業[4]する。この年の1月、藤沢市議会において同劇場の設立開業が提案され、相模運送株式会社が藤沢駅近くに所有する倉庫の建物と600万円を藤沢市に寄付し工事を行った上、藤沢市は相模運送から月額3万円を5年間受け取るとされていたが[5]、開業3か月後の7月20日に寄付金の未払いが発覚。調査委員会が設置され問題となっていた[6]。
開業3年後の1953年(昭和28年)時点では、藤沢市の映画館は当館、藤沢オデヲン座、藤沢映画劇場、湘南映画劇場の4館[注 2]しかなく、1955年(昭和30年)時点も変化は無かった[4]が、1958年(昭和33年)に藤沢駅北口で「藤沢第一劇場」が設立。その後「藤沢東映」と改称して東映のロードショー館となった。
やがてテレビの普及と映画の斜陽化が進み、1972年(昭和47年)、江ノ電百貨店建設に伴い南口「フジサワ中央」を閉館[8]。それから5年後の1977年(昭和52年) に北口「藤沢東映」を「フジサワ中央」として再興。1986年(昭和61年)4月にビルを新築して2スクリーン[3]で営業する。
2001年(平成13年)7月20日に宮崎駿監督作『千と千尋の神隠し』を封切、45週間で48,500人を動員して当館史上最大のヒット作となる[9]。
2005年(平成18年)7月に『電車男』上映時、窓口で自己申告すると割引になる「ヲタク割引」を導入して話題となる[10]。封切から1か月以上遅れた上映を挽回すべく講じた策が功を奏し、公開期日が延長された[11]。2008年(平成20年)5月17日に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を上映し、監督の若松孝二がトークイベントに参加[12]した。
2010年(平成22年)5月23日に『聖家族〜大和路』を上映し、出演した藤沢市出身の末永遥が舞台挨拶[13]を行ったが、同年8月31日、『借りぐらしのアリエッティ』(米林宏昌監督)の上映を最後に60年間にわたる歴史の幕を閉じた[2][3]。2007年(平成19年)3月31日に藤沢オデヲン座が閉館して以降は市内唯一の映画館であったが、茅ヶ崎や平塚など近隣のシネマコンプレックスに客足を奪われ[3]、リーマン・ショックの影響で所有ビルのテナント収入が激減した[10]ことが劇場の衰退に追い打ちをかけた。当館閉館後、藤沢市内の映画館は2011年11月11日にシネコン「109シネマズ湘南」[注 3]が開業するまで存在しなかった。跡地は学校法人国際新堀芸術学院に売却され、2011年(平成23年)10月31日に「新堀ライブ館」が開館[14]する。