フロアタイム
From Wikipedia, the free encyclopedia
フロアタイム(英: Floortime)は、アメリカ合衆国で開発された発達支援アプローチであり、遊びを通した大人との情緒的なやり取りを基盤として、子どもの発達を促進することを目的とした包括的なプログラムである。大人が床(フロア)に座り、子どもと同じ視点で関わる実践形態から「フロアタイム」と呼ばれている[1]。
フロアタイムは、主に自閉症の発達課題に対応するアプローチとして開発されたが、現在では発達上の課題の有無にかかわらず、乳幼児から成人までの幅広い年齢層を適用対象としている[2]。
1970年代後半から80年代に児童精神科医スタンレー・グリーンスパンによって提唱されたDIRモデルに基づく実践方法として位置づけられ、DIRが理論を、フロアタイムがその接し方の哲学(理念)および具体的介入手法を担う[1]。
DIRモデルは、言語療法、作業療法、理学療法、音楽療法、芸術療法、運動療法、行動療法、保護者へのカウンセリング、在宅支援、学校における教育プログラム、医学的評価などを統合した包括的支援モデルであり、その中核となるのがフロアタイムである。DIRとは、D(Developmental / 発達段階)、I(Individual-Differences / 個別性の違い)、R(Relationship-Based / 関係性に基づく)の頭文字をとったものである[3]。
フロアタイムの基本原則は、「大人が子どものリードに従って関わること」と、「子どもを共有世界へと引き込み、基本的な発達段階をマスターさせること」の2点である。セッションは、1回20分程度、1日6〜8回、屋外、車内、買い物中、食事中、入浴中、就寝前など、日常生活の様々な場面で行われる[1]。
介入前には、子どもの発達段階、個人の情報処理特性、感覚・運動特性、親子の相互作用の様子などを評価する包括的なアセスメントが行われる。観察は通常、複数回(45分×2回以上)実施され、医学的情報や家族背景も考慮される[4]。これらの評価に用いられる主なアセスメントツールとして、以下のものが挙げられる。
- グリーンスパン社会情緒的成長チャート(Greenspan's Social Emotional Growth Chart):養育者が記入する35項目からなる質問票。
- 機能的情緒アセスメント尺度(Functional Emotional Assessment Scale、FEAS):生後7か月から4歳までの乳幼児を対象とした評価尺度で、養育者と子どもとの間で行われる15分ほどの遊び(「象徴遊び(ごっこ遊び)」「触覚遊び(感覚遊び)」「前庭覚・運動遊び」)を、臨床家が直接観察する、あるいはビデオ録画を用いて評価する方法である[5]。
これらのアセスメントは、個別化された介入計画を立案するための基礎資料として用いられる[6][7]。
大人と一対一で双方向のコミュニケーションを維持できるようになったら、週に3~4回、同年代の仲間と遊ぶ機会を設定したり、運動・感覚面の能力を高めるため、1日3~4回、1回20分程度の遊びを通した運動を行うことが推奨されている[8]。
DIRに基づく言語支援プログラムとして、感情に基づいた言語訓練(The Affect-Based Language Curriculum、略称:ABLC)がある。これは、情動や動機づけが言語獲得の基盤となるという前提に基づいて開発された言語介入プログラムであり、フロアタイムの原則を応用した実践手法である[9]。
特徴
フロアタイムの主な目標は、①子どものリードに従うこと、②子どもを共有世界へ引き込み、感情的発達段階の習得を促すことである。そのため、大人は自身の意図や課題設定を優先するのではなく、子どもの関心や行動の方向性に寄り添う姿勢を取る。活動への参加を無理に強いるのではなく、子どもが「関わりたい」と感じられる情緒的に意味のあるやり取りを重視することが、フロアタイムの基本姿勢となる[2]。
リードに従う
子どもが部屋を歩き回ったりジャンプしたりしている際、大人も歩き回り、同じリズムでジャンプを共にする。子どもが部屋をうろうろしているとき、同じように部屋をうろうろ回る。トラックを動かして遊んでいる場合、その遊びに加わり、手をトンネルに見立てて、子どもがそこへトラックを走らせたくなるような工夫を行う。こうした関わりを重ねる中で、子どもは大人に対して関心を向けるようになり、共有世界が形成されていく[1]。
遊び心のある妨げ(Playful Obstruction)
これは、遊びの流れの中で大人が意図的に障害となって、子どもからのコミュニケーションを引き出す方法である。親や支援者が「楽しげに邪魔をする存在」として関与したり、玩具の受け皿となったりすることで、相互的なやり取りを形成する。
常にさまよい歩く傾向のある子どもに対して、大人が腕を柵のように広げてゆっくりと立ちふさがり、子どもに「あけて」とジェスチャーしたり、腕を押し上げたりするように促すことで、回避行動を意図的なコミュニケーションへと変換する。子どもが欲しがっている玩具を大人の手の中に隠し、子どもが自力で大人の指を一本ずつ開いて中身を確認するように仕向けたり、子どもが車を走らせて遊んでいる場合には、その上にそっと手を置くなどして、子どもからの反応(手をどかそうとする、笑うなど)を引き出す。威圧感を少なくするために、毛布やパペットを用いて遊びを遮ったり、玩具に近づいたりする方法もとられる。
子どもが中断に対して嫌がる反応を示した場合には、「嫌だったんだね」と、言葉や表情、声のトーンで共感を示しながら直ちに妨げを中止し、元のように遊ばせる。子どもがその中断を「面白い」と感じて待っている、あるいは「もっとやって」と促すような反応(アイコンタクトや笑顔)を見せた場合は、介入を継続する。子どもが「やめて」という仕草で拒否を示した際でも、それを意図的な意思表示として受け止めることで、子どもに自分の気持ちが相手に伝わったというコミュニケーションの成功体験を積ませることができる[1]。
予告フレーズ(Anticipatory Phrase)
遊びを中断する前には、あらかじめ同一のフレーズを繰り返し用い、これから遊びの流れに変化が生じることを子どもに知らせる。例としては、「捕まえるよ」「次は私の番」「1、2、3、ストップ」などがある。
中断を予測しやすくするため、予告フレーズは、大きな身振りや動作と組み合わせて用いられることが多い。例えば、ボール遊びの場面で滑り台の出口に手を置きながら「……ストップ!」と声をかけたり、車で遊んでいるときに、別の車で進路を塞ぎ、「ブーブー」と声をかけるといった関わりが用いられる[2]。
コミュニケーションの輪
フロアタイムにおいては、子どもと大人の相互的なやり取りを「コミュニケーションの輪(circle of communication)」として捉える。この輪とは、一方がやり取りを「開き(開始し)」、相手がそれに応じ、さらにその応答に対して反応を返すことで「閉じられ」るという一連の流れを指すものである。
輪を開く行為は、子どもが表情、しぐさ、視線、発声、あるいは言葉などを通して意図を示すことから始まる。大人が子どもの関心に沿った働きかけを行うことも、輪が開く契機となる。一方で、輪を閉じる行為とは、相手の応答に対してさらに反応を返すことであり、例えば、子どもがおもちゃに手を伸ばし、大人がそれを差し出して子どもが受け取る、大人が隠した玩具を子どもが探して見つける、大人が「いないいないばあ」をして、子どもが笑い、大人がほほえみ返すといったやり取りが該当する。
フロアタイムでは、このコミュニケーションの輪を単発で終わらせるのではなく、20回、30回、50回以上と連続して往復させることが目標となる[10]。
コミュニケーションの輪は、必ずしも言語を伴う必要はなく、視線のやり取りや表情の変化、身体の動き、手を伸ばす、発声など、非言語的手段も輪を構成する要素とされる[2]。
イニシアティブ(主導権)を渡す
フロアタイムにおいては、子どものイニシアティブ(主導権)を奪わない関わりが重視される。大人が一方的に子どもに対して「してあげる(do to the child)」のではなく、子どもが大人に対して何かを「するように(do to you)」仕向ける。
例えば、お馬さんごっこやおんぶの際、大人の背中を「ポンポン」と叩くまでは動き出さない。子どもがくすぐりを求めてきた時に、直ちにくすぐるのではなく、「どこをくすぐるのかな」と迷ったふりをして一時的に手を止める。このような関わりによって、子どもに大人の手を取って自分の体に導くなど、自発的な行動を開始させる[11]。
個別性への配慮
子どもの神経学的プロフィール(個別性)を重視し、子どもごとに異なる感覚処理の特性に応じて、刺激量や関わりの様式が調整される。
感覚刺激に対して過敏な子どもには、落ち着いて関わり、感覚刺激への反応が乏しい子どもには、声の抑揚や身体の動きをダイナミックにして関わる。子どもが反応しやすい声の周波数やリズム(速いリズムや遅いリズム)を試すなどしてアプローチを微調整する。
大人は自分自身の特性(「相手を興奮させやすいタイプ」なのか「なだめるのが得意なタイプ」なのか)を客観的に把握しておく。自らの強みと弱みを理解した上で、自身の反応を制御し、子どものその時々のニーズに合致させていく必要がある[2]。
発達段階
DIRモデルおよびフロアタイムでは、子どもの発達を理解するために、感情的発達段階(Functional Emotional Developmental Capacities, FEDCs)が用いられる。6つの基本段階と3つの応用段階、成人期や老年期にかけての7つの段階から構成される。初期の6段階は「6つの重要なマイルストーン」とされ、定型発達の子どもでは通常、これらの段階を4〜5歳頃までに獲得するとされている[12]。
- ステージ1 - 情動の調節と外界への興味
生まれてからおよそ3か月までの時期で、乳児は視覚や聴覚、触覚、動きなど、物理的世界からの刺激に反応し始める。例えば、母親の声に反応してそちらを向くなどの行動が見られる。この時期の自閉症児は、注意を維持したり、外界の刺激を適切に処理することが難しく、自分を落ち着かせるための代替手段として、扇風機を見つめる、手を振るなどの目的のない繰り返し行動(自己刺激行動)を行うことが多い[13]。
- ステージ2 - 関わりと関係づくり
生後およそ2か月から7か月頃の乳児は、周囲の人との相互的な関わりを通して、特定の他者との関係性を示すようになる。親や身近な養育者に対して視線を向けたり、情動的な反応を示したりするなど、感情表現が次第に豊かになることが特徴とされる。
生後3〜4か月頃になると、喜びや愛着を示す反応として、身近な大人に目を輝かせたり、嬉しそうな笑顔を向けたりするようになる。これらの行動は、他者との関係性の形成や情緒的なつながりの基盤となる重要な発達指標とされている。
一方、自閉症児は、他者との関わりにおいて持続的な喜びや楽しみを示すことが難しく、反応が受動的であったり、感情表現が薄いといった特徴がある。そのため、外界の社会的刺激よりも自身の内的な感覚や刺激に注意が向いている様子がみられる[14]。
- ステージ3 - 双方向のコミュニケーションと意志の芽生え
生後3か月から10か月頃になると、乳児は自分を「他者から独立し、自らの意志を持ち、世界に影響を与えることができる存在」として認識し始め、自分の意図を他者に伝えるために、感情表現やジェスチャーなどを用いた双方向のコミュニケーションを行えるようになる。視線を合わせる、表情で気持ちを示す、声や身振り(指さしや手を伸ばすなど)で働きかけるといった行動が増え、他者との相互交流が継続的に成立し始める。この段階は、意志の芽生えと社会的コミュニケーションの発達が進む重要な時期である。
一方、自閉症児は、双方向のコミュニケーションがほとんど成立しない、あるいは自発性に乏しく一瞬で終わるなど、相互交流が限定的であることが多い。そのため、大人の刺激に対して「ただ反応しているだけ」のように見える場合がある。
また、感情(アフェクト)と運動の結びつきが弱く、突発的で衝動的な行動を示すこともある。定型的な発達では、母親の声を聞いて「心地よい」と感じる感情が、その方向へ顔を向ける、ほほえみ返すという運動反応を即座に引き起こす。しかし、感情・感覚・運動の結びつきが不十分な場合、声を聞いて喜びを感じていても、それを「顔を向ける」「ほほえみ返す」といった具体的な動作へと自動的に変換することが難しい。その結果、感覚入力に対して意図とは無関係な突発的でランダムな動きが現れたり、自分の欲求をジェスチャーや言葉で伝える代わりに、衝動的な「つかむ」「叩く」といった行動で解決しようとする傾向が見られることもある[13][10]。
- ステージ4 - 社会的問題の解決、感情と行動のコントロール、自己意識の形成
生後9か月から18か月頃になると、乳児は社会的・感情的な相互交流を用いて簡単な問題を解決できるようになる。生後12〜16か月頃には、単に親が差し出したおもちゃを受け取るだけでなく、自分が本当に欲しいおもちゃがある棚まで親を連れていくなど、複数の行動を繋げて意図を伝えるようになる。これにより、因果関係の把握や、自分と他者の区別といった初期的な自己意識の形成が進む。
一方、自閉症児は、双方向のやり取りを自ら開始・維持することが難しく、代わりにおもちゃを一列に並べる、ファンを眺めるといった、他者を介さない反復的・持続的な行動が目立つ傾向がみられる[13]。
- ステージ5 - シンボルの創造、言語と観念の芽生え
生後18〜48か月頃になると、乳児は言語やシンボルを用いて自分の考えや経験を表現できるようになり、単語や簡単な文を使ったコミュニケーションが発達する。生後18〜20か月頃には、人形を単に抱く(物理的な関わり)だけでなく、「お人形にご飯をあげる」といったごっこ遊びが成立し始める。これは、言語や観念の発達を支える重要な行動であり、想像力や社会的理解の基盤となる。
一方、自閉症児には、言語が十分に発達しない、あるいは言葉があっても使用が機械的であるといった特徴がみられる。典型例として、テレビのセリフや相手の発話をそのまま繰り返すエコラリア(オウム返し)が挙げられる。また、象徴的な遊びの発達が乏しい代わりに、多様な反復行動が目立つ傾向がある[13]。
- ステージ6 - 感情的・論理的思考、現実感覚
3歳から4歳半頃には、子どもは自身の感情や欲求と、現実の状況を結びつけて理解し、意味のある考えを論理的に組み立てられるようになる。例えば、「遊びたいので外へ行きたい」といった形で、目的と行動を筋道立てて結びつける思考がみられる。
子どもはこの時期になると、自分の心の中で起きていること(考えや気持ち、想像など)と、実際に周りで起きている現実の出来事とを結びつけながら、両者の違いを理解できるようになる。たとえば、自分が思い描くファンタジーと、他者の行動や言葉といった現実の情報を区別して受け取れるようになる。また、頭の中で新しい遊びを思いつき、自分なりのルールをつくり、実際にそのルールに沿って遊びを展開することもできるようになる。
一方、自閉症児では、言語がほとんどみられない、もしくは決まったフレーズを繰り返すなど、言語表現が限定的であることが多い。そのため、考えを論理的にまとめることが難しく、行動が非合理的に見えたり、現実の状況とは結びつきにくい非現実的な思考がみられる場合がある[15]。
以下の3つの応用段階は、障害の有無にかかわらず、誰もがそれぞれの段階を時間をかけて獲得していくものとされる[16]。
- ステージ7 - 多面的な因果関係と三角的な思考
ステージ7では、子どもは「一つの原因から一つの結果が生じる」という単純な因果の理解から発達し、複数の理由や視点が存在することを理解するようになる。これにより、物事を多面的に捉える思考が形成される。多面的因果思考の発達は、子どもが二つの物事を比較・対照したり、ひとりの友達が遊べない場合に別の友達を誘うなど、柔軟な選択を行う基盤となる。
例えば、友達が遊んでくれない場面で、以前は「友達が自分のことを嫌いだからだ」と単純に考えていた子どもが、次第に「今日は別の友達と遊びたいのかもしれない」「自分がいつもゲームばかりしているから一緒に遊びたくないのかもしれない。他の遊びを提案すれば来てくれるかもしれない」といった複数の可能性を考えられるようになる。
友達を自分の要求を満たす存在としてではなく、関係性のネットワークの中にいる一人のメンバーとして捉え、二番目の友達や周囲の人との関係にも注意を向け、複数の人間関係が互いに影響し合うことを考慮しながら状況を判断できるようになる。これらは、「三角的な思考」と呼ばれる[16]。
- ステージ8 - グレーゾーンの理解、多様な感情の弁別
多面的かつ三角的な思考ができるようになると、子どもは感情・出来事・現象を単一の視点で捉えるのではなく、複数の側面から理解できるようになる。この段階では、子どもはそれぞれの要素がどの程度重要であるかといった相対的な関係も把握するようになり、感情の強さを1から10の尺度で測ったり、「僕は少しだけ怒っている」「とても悔しい」といった微妙な感情の強弱を表現できるようになる。
学校生活においては、出来事に複数の理由が存在することを理解し、それらの理由同士を比較したうえで、どれがより重要であるかを判断できるようになる。友だちとのやり取りでは、感情の違いを互いに比較したり、校庭の使用順などの場面で優先順位を交渉したりする力が育つ。これらの経験を通じて、相手の視点を考慮しながら、相対的な重要度を判断して妥協点を見出す社会的スキルが発達する。
さらに、子どもは運動能力、学業成績、人間関係のスキルなど、さまざまな基準に基づく社会的な階層を理解し、その中で自分がどこに位置づけられるかを把握するようになる。この過程を通じて、子どもは妥協するという社会的スキルを身につけ、集団内で発生する問題を柔軟に解決する能力を新たに獲得する[16]。
- ステージ9 - 自己意識、内省、自己規範の確立
思春期から青年期にかけて複雑な感情交流を経験することで、内省的な思考が育ち、自己の規範に基づいて考える能力が発達する。
自己意識がより明確になり、自分の経験を批判的にふり返ったりする。たとえば、「今日はいつもより怒っている」と自分の感情をリアルタイムで把握して調整したり、仲間の行動を見て「皆がそうするのは構わないが、自分は違う」と自分の価値観に即して判断したりするようになる。
このステージでは、多くの要素を同時に考慮しながら推論する力が高まる。現在の考えに基づいて新しい考えを生み出したり、過去・現在に加えて未来についても具体的に思考できるようになる。また、自分の行動を具体的に考える自分と、より抽象的で内省的に考える自分という、二つの観点を同時に保持する能力が発達する。これは青年や成熟した大人に見られる特徴的な思考様式とされている[16]。
9つの発達段階が十分に形成された後、人はより抽象的かつ複雑な心の働きを獲得する。10段階から16段階までは、自己理解の広がり、未来志向の確立、親密性および責任感の発達、死生観の深化、人生の知恵の獲得といった一連の過程で構成される。これらの高次な心の発達は独立して生じるものではなく、初期の9段階で培われた基本的な土台の上に重層的に発達する点が特徴である。すなわち、思春期から老年期にかけての心理的な成長は、幼いころに形成される情緒的な基盤の上に少しずつ積み重なっていく多段階のプロセスであり、その最終的な到達点は、人生全体を俯瞰する高度な自己理解と他者理解の確立にあるとされる[17]。
- ステージ10 - 拡大した自己意識
思春期初期から中期にかけて、自己概念が家族やコミュニティとの関係性の中で再構成される。世界や文化への理解が深まり、文化や社会が思考に組み込まれ、経験に対する新しい視点や反省的思考が発達する[17]。
- ステージ11 - 個人的未来への展望
思春期の後半から成人期のはじめにかけて、自分の将来について考え始めるようになる。この時期には、将来起こり得ることを見通したり、長期的な計画を立てたりする力が高まる。また、過去・現在・未来をつなぐ「個人的物語」が形成され、自己理解が深まることで、強い感情や複雑な気持ちにもよりよく向き合えるようになり、受け止められる感情の幅も広がっていく[17]。
- ステージ12 - 自我の独立・安定化
成人初期には、家族から心理的に自立していく。この段階では、自分の内側に安定した自己像を持てるようになり、幼少期に身につけた価値観から離れて、自分自身の考えや独自の信念を形成し始める。また、自分の生き方や経験を振り返る力が強まり、人生の物語がより自立的で内省的なものへと変化していく[17]。
- ステージ13 - 親密性とコミットメント
成人期になると、人は長く続く関係や目標に力を注ぐようになる。結婚や家庭、仕事など、将来を見据えた持続的な選択が可能となり、自分の価値観(政治や宗教など)も徐々に統合されていく。この時期には、親しい関係を大切にし、責任を持って行動する力がより強く育つ[17]。
- ステージ14 - 家族形成・養育的役割の発達
成人期になると、他者をケアする能力が拡大し、子育てなどの経験を通して、新たな種類の感情や責任感が生まれる。他者の視点を感情的に理解する力が増し、地域社会や文化全体に対しても視野が広がっていく[17]。
- ステージ15 - 時間・空間・人生の広い視野の獲得
中年期になると、人は自分の人生が限りあるものであると実感するようになり、物事をより現実的に判断する傾向が強まる。また、パートナーとの関係や家族とのつながりが成熟していくことで、多様な視点への理解が深まる。この時期には、死生観も従来とは異なる感情的な意味を持ち始め、自分の人生を振り返るなど、時間・空間・ライフサイクルに関しての観点が深まる[17]。
- ステージ16 - 人生の知恵
老年期に該当するステージ16(人生の知恵)は、自己中心的な視点から解放され、自己をより大きな世界や人生の循環の中に位置づけることが可能となる段階である。この段階では、環境や次世代に対する責任感が高まり、広い視野から自らの立場や役割を見通す力が発達する。また、自己・家族・社会・世界に対する洞察が深化し、高度に成熟した反省的意識が形成される[17]。
これらは加齢による知的能力・身体機能が低下する中で発達させる必要があるが、身体機能の低下や価値観の固定化は、防衛的な態度や心理的内向化を強め、新しい視点への変換を困難にする[16]。
こうした英知は、知的能力の向上によって自動的に獲得されるものではないため、成人期以降の発達段階の中でも特に獲得が困難な段階とされている[16]。