フヴァル天文台
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| 運営者 | ザグレブ大学[1] | ||||||||
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| 略称 | HO | ||||||||
| 所在地 |
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| 座標 | 北緯43度10分39秒 東経16度26分56秒 / 北緯43.1775350度 東経16.4490025度座標: 北緯43度10分39秒 東経16度26分56秒 / 北緯43.1775350度 東経16.4490025度[2] | ||||||||
| 標高 | ∼ 240 m[2] | ||||||||
| 開設 | 1972年10月18日[3] | ||||||||
| ウェブサイト |
oh | ||||||||
| 望遠鏡 | |||||||||
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フヴァル天文台(フヴァルてんもんだい、英: Hvar Observatory)は、クロアチアのフヴァル島にある天文台である。1972年に設立された、クロアチアでは唯一の研究観測に特化した天文台で、ザグレブ大学測地学部管理の下、天文学・天体物理学の観測や教育を行っている[1]。
1957年から1958年にかけて実施された国際地球観測年の結果、東欧諸国で太陽観測の気運が高まった[4][1]。その中で、チェコスロバキア科学アカデミーは国内に太陽観測の適地がないため、アドリア海周辺に太陽観測拠点を設けることを検討し、ユーゴスラビア連邦科学研究調整委員会がそれに乗ってきた[4][1]。両国の間で協議が進み、過去の観測記録から気象などの条件の良い場所としてフヴァル島に目をつけ、現地調査を重ねた結果、フヴァルの町の北にそびえる丘の上が選ばれた[4][1]。この丘の頂上には、ナポレオン戦争時代にフランス軍が築いた砦(ナポレオン城塞)があり、ユーゴスラビア海軍が監視施設として使用していたものが役目を終えたところだった[5][1]。見晴らしがたいへん良い点も観測に好都合であった上、基盤施設もある程度整っていたことが、選定の決め手となった[1][4]。
沿革

チェコスロバキア科学アカデミー天文学研究所とザグレブ大学測地学部が協力して天文台を整備することになり、1969年にザグレブ大学測地学部内に天文台建設のための組織が作られた[1]。チェコスロバキア側は望遠鏡や観測装置、その他必要な機器、設備を、ユーゴスラビア側は道路をはじめとして天文台運用に必要な基盤整備を、それぞれ担当することとなった[1]。ナポレオン城塞には既に、テレビや電話の中継局が設けられており、天文台用の空間をどう確保するかが問題だったが、1970年にそれも解決し、1971年10月1日にチェコスロバキア科学アカデミーとザグレブ大学の間で協定を締結、1972年夏に観測を始めることで合意した[4]。1972年の春には太陽望遠鏡が完成し、一線を退いたカレル大学の口径65センチメートル反射望遠鏡をフヴァルへ移設する作業も進められた[4][6]。5月には観測装置も含め、必要な機材のナポレオン城塞への搬入が完了し、最終調整や試験を経て、1972年7月に観測に着手した[4]。施設は10月18日にしゅん工して引き渡され、この日をもって天文台が正式に開所したとされている[3]。
その後も必要に応じて施設の整備が行われ、道路の舗装や水道の敷設が進められた[1]。仮設の建物で運用していた65センチメートル望遠鏡は、1989年にナポレオン城塞から北西に250メートルほどの位置にあるドームへ移設され、フヴァルの街灯りや風の影響が軽減された[1]。
1991年にユーゴスラビア紛争が勃発すると、観測装置を守るため望遠鏡から取り外して安全な場所に保管する措置がとられ、2年にわたって観測が実施できない時期があった[1]。しかし、1994年には内戦終結を待たずに定常観測を再開している[1]。
一方で、1991年にはオーストリアのウィーン大学天文学研究所と共同で、口径1メートルの新望遠鏡の設置を決定[1]。ウィーン大学は望遠鏡まわりを、ザグレブ大学は施設の基盤整備と運用の経費を、それぞれ担うことになり、1997年にはこのオーストリア・クロアチア望遠鏡の利用が始まった[1]。
立地

フヴァル天文台が建つ丘は、海抜およそ240メートルの岩山で、南のフヴァルの町に向かっては急な斜面となっている[7]。周囲は背が低い地中海性の植生が広がり、視界を遮るものはあまりない[7]。
気象条件は、雲量が2割未満のよく晴れた日が年間120日余り、一方で雲量が8割以上の日は年間85日程度である[7]。11月から12月にかけては、南東の風(シロッコ)が吹き、一年でもっとも降水量が多い時期となる[7]。逆に、1月から2月にかけては年間でも晴天率が高い時期で、冷たい北風がよく吹く[7]。
観測機器
フヴァル天文台の観測機器は、大きく分ければ太陽観測用と夜間観測用の二種類で、主力の望遠鏡は3基、4鏡筒で構成されている[1]。
太陽望遠鏡
太陽望遠鏡は、1基のドイツ式赤道儀に2本の屈折望遠鏡を同架したものになっており、鏡筒の1本は光球観測用、もう1本は彩層観測用である[1]。光球観測用の望遠鏡は、白色光で太陽の連続光を観測するようになっており、口径は217ミリメートル、焦点距離は2450ミリメートルである[1]。彩層観測用の望遠鏡は、水素のHα線を透過するフィルターを使用、口径は130ミリメートル、焦点距離は1950ミリメートルである[1]。太陽観測は最初、フィルム写真で行っていたが、1990年代からCCDカメラやビデオカメラの導入が進み、21世紀に入ると動画撮影も含め完全電子化がなされている[1]。
恒星望遠鏡
夜間観測用の反射望遠鏡は2台が、それぞれ別のドームに格納されている[1]。ドームはナポレオン城塞から北西にやや離れた場所に建設されており、これは城塞内にはそもそも大型望遠鏡を設置する空間があまりなかったこともあるが、夜間の観測では、麓のフヴァルの町がみえない位置にあることも、光害を避けるという利点になった[1]。
開設当初からあるのが、チェコから移設された口径65センチメートル、F11.2のカセグレン式望遠鏡で、ツァイス製の直径5メートルのドームに格納されている[1]。65センチ望遠鏡の観測装置は、ジョンソン・システムのフィルターを付けた光電測光装置が中心で、変光星の測光観測を主目的としている[1]。
新しくできたのが、口径1メートルのオーストリア・クロアチア望遠鏡(ACT)で、イギリス式赤道儀に搭載したリッチー・クレチアン式望遠鏡である[1]。副鏡は2枚用意されており、F値は6.8と15を使い分けることができる[1]。直径7メートルのAsh-Domeに格納されている[1]。ACTは恒星の測光観測も行うが、太陽系小天体や銀河も狙っている[1]。測光観測は CCDカメラを用いた撮像測光観測で、分光観測にも着手している[1]。
活動
研究
フヴァル天文台が力を入れているのは、太陽と恒星の観測的研究である[1]。
太陽では特に太陽大気の物理学、それから太陽・地球間や太陽圏における現象、宇宙天気などが主な研究対象である[1]。フヴァル天文台で観測しているのは可視光だが、電波や紫外線、X線で観測を行う機関と協力して、太陽活動周期、コロナ質量放出、コロナ加熱などの難問に取り組んでいる[1]。また、大規模なフレア、プロミネンス、コロナ質量放出の間の関係や、コロナ質量放出発生時の地球への影響を調べ、宇宙天気予報や、太陽活動の未来予測などの理論の構築にもあたっている[1]。
恒星の観測では、測光による光度変化を調べることを重要な課題としている[1]。変光星を中心に膨大な数の測光観測をこなし、過去には変光星ではないと思われていた恒星の変光を発見した例も少なくない[1]。フヴァル天文台の測光観測結果は、その均質性とデータの豊富さで、世界有数の測光観測アーカイブとなっている[1]。
フヴァル天文台では、研究成果を独自に公表する“Hvar Observaory Bulletin”を1977年から発行している[1]。2006年からは、“Central European Astrophysical Bulletin”と名を変え、中欧を中心に欧州の天文学振興を目的とするが、論文は世界中から投稿される[1]。通常の学術論文の他に、国際学会の集録の出版なども行っている[1]。
教育普及
フヴァル天文台の天文学者たちは、母体であるザグレブ大学測地学部のほか、ザグレブ大学理学部、グラーツ大学などで教鞭をとり、学位論文の指導や審査などにも当たっている[1]。また、クロアチア天文学委員会の一員として、初等学校、中等教育学校の生徒や教師に向けた活動にも携わる[1]。
普及活動にも力を入れており、各地のイベントで講演やワークショップを行ったり、ザグレブ天文台やニコラ・テスラ技術博物館、クロアチア科学芸術アカデミーでの公開講座の実施にもかかわっている[1]。メディアへの出演や、一般向けの執筆活動も積極的にこなしている[1]。