ブライス・ブレンツ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | テネシー州ノックス郡ノックスビル |
| 生年月日 | 1988年12月30日(36歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 210 lb =約95.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2010年 MLBドラフト1巡目追補 |
| 初出場 | 2014年9月17日 |
| 最終出場 | 2016年8月10日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ブライス・エバレット・ブレンツ(Bryce Everett Brentz, 1988年12月30日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州ノックス郡ノックスビル出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。
プロ入り前
2007年のMLBドラフト30巡目(全体917位)でクリーブランド・インディアンスから指名されたが、ミドルテネシー州立大学へ進学した。
プロ入りとレッドソックス時代
2010年のMLBドラフト1巡目追補(全体36位)でボストン・レッドソックスから指名され[1]、6月16日に契約[2]。契約後、傘下のA-級ローウェル・スピナーズでプロデビュー。69試合に出場して打率.198・5本塁打・39打点・5盗塁の成績を残した。
2011年はまずA級グリーンビル・ドライブでプレーし、40試合に出場して打率.359・11本塁打・36打点・2盗塁の成績を残した。5月21日にA+級セイラム・レッドソックスへ昇格。A+級セイラムでは75試合に出場して打率.274・19本塁打・58打点・1盗塁の成績を残した。
2012年はまずAA級ポートランド・シードッグスでプレーし、122試合に出場して打率.296・17本塁打・76打点・7盗塁の成績を残した。8月30日にAAA級ポータケット・レッドソックスへ昇格。5試合に出場して打率.118の成績を残した。
2013年はAAA級ポータケットでプレーし、82試合に出場して打率.264・17本塁打・56打点・1盗塁の成績を残した。オフの11月20日にレッドソックスとメジャー契約を結び[3]、40人枠入りした。
2014年3月7日にレッドソックスと1年契約に合意[4]。3月13日にAAA級ポータケットへ配属され[5]、そのまま開幕を迎えた。AAA級ポータケットでは63試合に出場して打率.243・12本塁打・53打点の成績を残した。9月17日にメジャーへ昇格し[6]、同日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。5回表無死の場面で代打として起用され、フランシスコ・リリアーノからメジャー初安打となる、左翼への二塁打を放った[7]。この年は9試合に出場し、打率.308・2打点だった。
2015年は、メジャーでの出場機会はなかったが、マイナーではAAA級ポータケットで59試合に出場して打率.232・8本塁打・26打点という成績を記録した。
2016年は、2シーズンぶりにメジャーの試合に出場し、メジャー初本塁打も放った。最終的には25試合で打率.279・1本塁打・7打点という成績を残した。守備は、22試合で左翼手を守って1失策・守備率.963・DRS - 2と、やや不安定だった。
2017年3月31日に40人枠を外れる形でAAA級ポータケットへ配属された[8]。この年はAAA級ポータケットでプレーし、120試合に出場して打率.271・31本塁打(AAA級における本塁打王)・85打点・1盗塁の成績を残した。オフの11月2日にレッドソックスとメジャー契約を結び、40人枠入りした[9]。AAA級で31本塁打の好成績を残したことから、シーズンオフはNPB球団への移籍の可能性も取り沙汰された[10]。
メッツ傘下時代
2018年2月20日に金銭トレードで、パイレーツへ移籍した[11]が、スプリングトレーニング中の3月26日にウェイバー公示を経てニューヨーク・メッツへ移籍した[12]。移籍直後の28日に40人枠外になり、傘下のAAA級ラスベガス・フィフティワンズに配属された[13][14]。ラスベガスでは55試合に出場し、打率.264、15本塁打、47打点の成績を残したが、10月5日にFAとなった[8]。
レッドソックス復帰
2019年1月10日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]。この年はAAA級ポータケットで95試合に出場し、打率.216、18本塁打、50打点の成績を残したが、11月4日にFAとなった[8]。
独立リーグ時代
2020年1月31日に独立リーグ・アトランティックリーグのハイポイント・ロッカーズと契約したが[8]、新型コロナウイルスの感染拡大によりリーグが開催されなかったため、公式戦に出場することなく退団した。
2022年2月8日にアメリカン・アソシエーションのケーンカウンティ・クーガーズと契約した[15]。7月31日に自由契約となった[16]。