ブラック研修

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ブラック研修とは、企業において行われる社員の人格を否定したり、不可解なことを強要するなど、常識に反する研修のことであり、軍隊研修や圧迫研修とも呼ばれる。企業や社長への忠誠心を養う、洗脳目的の研修が行われることもある[1]。新入社員や一般職から管理職に昇格した従業員に対して行われる場合がある。

ブラック研修について2014年9月時点で記事化した『POSSE』によると、ブラック企業の研修には共通するポイントがあり、大きく4つに分類できるとしている[2]

  1. 眠らせない:集合研修において、通常研修を終えた後に、数十条からなる社訓や経営者の言葉などを暗記させ、その試験に合格するまで、研修が終わらない・自宅に帰らせない、といったケース。このため十分な睡眠をとることができない。
  2. 外部との連絡遮断:携帯電話の使用制限を命じられる、親との連絡を取らないように指示される。過酷な研修は、第三者から見れば過剰、異常であることは疑いもなく、それを指摘されないために、このようなルールを設けていると考えられる。また必ず一人暮らしをするよう強制されたり、会社で起きた出来事やルールを外部に漏らさないといった誓約書を書かされたりすることもある。
  3. 競争・序列化:グループ研修の場合、グループ間の優劣をつけるよう競わせることが多い。一体感を持たせる側面もあるが、同時にグループ内での序列化を進めることにもなる。
  4. アイデンティティの破壊:研修を通してこれまでの自分の人生を振り返り、「なぜあの時失敗してしまったのか」というように全てを否定し、そうした経験を乗り越えるにはこの会社で頑張るしかない、といった思考に向けさせるような手法。過酷な研修を耐えた新入社員にとって研修の最後に自分を認めてもらうことは、その上司や会社を信頼することにもつながる。

具体例

下記が新入社員を対象にしたブラック研修の典型例である。

1. 環境の拘束・隔離

  • 山奥の研修所で泊まり込みなど、閉鎖的空間に連れて行く(同期や講師の目が常にあり、気が抜けない)[3][4][5]
  • 携帯電話を会社が管理する(企業に不都合な連絡をさせないよう、家族への連絡やSNSを禁止し孤立させ、「受け身」になりやすい状況を作る)[6][4]

2. 精神的圧力・人格否定

  • 社訓、社歌、「おはようございます」などの大声暗唱を強要[4][7][5]
  • 「腹の底から声を出せ」と煽ったり、同じことを何十回もやり直しさせる[6][5]
  • 少人数の班に分けられ、互いを監視。誰かが失敗すると連帯責任で叱責や罰を受ける[3][6][7]
  • 講師による罵倒・人格否定[6][7][5]
  • 泣いても許されない、泣くことを叱責[4]
  • 徹底的な自己否定(自己批判)によりアイデンティティを破壊する[3][6]
  • 厳しい指導で精神的ストレスを与える[6][5]

3. 肉体的負荷・疲労による思考力低下

  • 過密スケジュールで十分な睡眠・休養が取れない(眠らせない疲労で思考力を奪う)[3][6][7]
  • 泣く・声枯れなど身体的限界を無視した指導[4][7]
  • 長距離の歩行やマラソン、登山を強要する。(休憩やリタイア、水分補給はない)[7][5]

4. 金銭・労務上の問題

  • 研修時間を時間外労働扱いとし、その分の賃金を支払わない[6]
  • 研修にかかわる費用を給与から天引きし、自己負担させる[3]
  • 過密スケジュールで休憩が少なく、労基法に抵触する可能性[3]

5. 運営の問題・不適切な指導

  • 宗教法人への委託(寺での修行)[4][8]
  • 講師の暴走・威圧(罵倒・人格攻撃)[4]
  • 研修目的やゴールが説明されず、意味不明な苦行だけが続くと感じる[6]

笑い話として消化されていたブラック研修のエピソード

研修中、講師役の社員が受講者本人だけでなく親まで侮辱する発言をし、女性社員が過呼吸になるほど泣き出した。それを見た新人が「言いすぎだ彼女に謝れ」と抗議すると、体育会系気質の講師は「目上に対してその態度は何だ」と激昂し叱責。 新人も怒り、講師を殴り、押し倒し、馬乗りになった。サポート社員と他の新入社員5人がかりでようやく引き離し、研修は一時中断。新人は暴力を謝罪したが「女性社員に謝れ」という主張は譲らず、講師も形式的に謝ったものの納得していない様子だった。[4]

2022年時点においても、このようなエピソードが「キレた新人と暴力沙汰…モンスター新入社員」などと題して雑誌記事化して、笑い話・娯楽記事として世間に出回っていたのが現実で、日本社会での認識は甘かった。

ブラック研修の効果とされるもの

2022年の雑誌取材によると、企業側はブラック研修を即効性のある“矯正装置”として利用している。

新人の価値観を短期間で変える

「鉄は熱いうちにガツンと打つべきです。」(金融・人事担当)[5]

組織への従順さを高める

「学生気分が抜けない新人に、社会人の厳しさや組織の論理を知ってもらう必要があります。」(金融・人事担当)[5]

現場の教育負担を減らす

「先輩社員はこれから同じ釜の飯を食う後輩をなかなか厳しく指導できません。」(食品・人事担当)[5]

外部講師に負担を押し付けられる

「マインド・姿勢といった部分については、しがらみのない外部の研修講師が厳しく叩き込むことが有効だと思います。できるだけ厳しくやるように、研修講師にはお願いしています」(食品・人事担当)[5]

リストラの手段として

「コンプライアンスがうるさくなって、追い出し部屋は廃止になり、代わって研修を活用するようになりました。研修の場合、外部の研修会社が汚れ役をやってくれるので、追い出し部屋と違って訴訟リスクが少ないのがメリットです」(素材・人事担当)[5]

「将来、解雇の金銭解決制度が導入されたら話は別ですが、そうでない限りリストラの手段としてブラック研修は必要です。ただ、訴訟リスクや風評リスクもあるので、あからさまなブラック研修は減り、巧妙なやり方に変わっていくと予想します」(サービス・人事担当)[5]

「最近、社員の転勤を廃止する大企業が出始めていますが、転勤がなくなったら不採算部門に所属する社員をどうリストラするかが、大きな課題になります。転勤もさせられない、追い出し部屋は論外となると、ますます“追い出し研修”の役割が重要になってくるのではないでしょうか」(輸送機・人事担当)[5]

ブラック研修に関する国会論戦(2015年3月)

2015年(平成27年)3月24日の参議院予算委員会において、日本共産党吉良佳子議員が、新入社員や若手労働者に対して行われる、いわゆる「ブラック研修」の実態について追及を行った(動画)。

問題の背景と定義

吉良は、若者の職業能力開発を名目としながら、その実態が「人格改造」や「洗脳」に近い、重大な人権侵害を伴う研修が蔓延していると指摘した。具体的には「ポッセ」の調査等を引用して4つの特徴を挙げ、これらを「奴隷化プロセス」であると批判した。

主な法的論点

質疑では、研修の違法性を以下の3点から明確にした。

  • 労働時間と賃金: 業務命令による強制参加であれば、夜間や早朝の研修、あるいは休日に行われる研修であっても労働基準法上の「労働時間」に該当し、割増賃金残業代)の支払い義務が生じる。塩崎恭久厚生労働大臣(当時)はこれに対し、「参加の自由がない場合には労働時間に該当する」との認識を示した。[9]
  • 業務との関連性と人格権: JR東日本本条保線区事件などの最高裁判決を引用し、業務と無関係な精神修養や、過度な苦痛を強いる研修は「裁量権の逸脱・乱用」であり、人格権を侵害する不法行為にあたると指摘。上川陽子法務大臣(当時)は「業務の適正範囲を超えた苦痛は人権擁護上の問題があると認識し、注視・対応する」と答弁した。[9]
  • 信教の自由: 特定の宗教法人に委託し、般若心経写経滝行などを強制する事例を紹介。日本国憲法第20条が保障する「信教の自由」および労働基準法第3条(信条による差別の禁止)に抵触する可能性を指摘した。[9]

政府の対応

この質疑に対し、政府側は以下の対応を表明した。

  • 厚生労働省は、労働基準関係法令に違反する事案については厳正に是正指導を行うこと、および「総合労働相談コーナー」等を通じて悪質な研修の実態把握に努めることを確約した。[10]
  • 法務省の人権擁護機関においても、相談を通じて人権侵犯事件としての調査や適切な措置を講じるとした。[10]

法整備

2015年3月23日の参議院予算委員会においていわゆる「ブラック研修」の実態が取り上げられ、政府および関係省庁は以下の対策を講じた。

若者雇用促進法の成立と施行
2015年(平成27年)9月に「青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)」が成立、同年10月より順次施行された。これにより、労働関係法令に違反した企業の求人をハローワークが不受理とすることが可能となったほか、企業に対して「研修の有無及びその内容」等の職場情報の開示が義務付けられた。[11]
実態把握の強化
厚生労働省は、全国の労働局・労働基準監督署に設置された「総合労働相談コーナー」を通じ、悪質な研修に関する相談事案の把握と、法令違反が疑われる企業への監督指導を強化した。[12]
パワハラ指針への反映
その後の厚生労働省によるパワーハラスメント防止対策の議論において、研修を通じた人格否定や過度な精神的苦痛の付与は、「精神的な攻撃」として是正対象となることが明確化された。[13]

裁判

ゼリア新薬工業株式会社
2013年5月18日、製薬会社のゼリア新薬工業に新卒入社した男性社員(早稲田大学卒。空手の有段者で筋トレが趣味。社交的で非常に友人が多い[14])が、宿泊を伴う新入社員研修(ビジネスグランドワークス社による「意識行動改革研修」)に参加中に、吃音や、過去にいじめを受けていたことを暴露され、精神疾患を発症。施設から帰宅する途中で自ら命を絶った[14]
2015年5月19日、東京労働局中央労働基準監督署は研修内容が労災認定基準の「ひどいいやがらせ、いじめ」に該当すると判断し、労働災害として認定した[15]
2017年8月8日、男性の両親が、ゼリア新薬工業の新入男性社員が自殺したのは新入社員研修で受けた心理的負荷が原因だとして、同社や研修の委託先であるノジマの子会社ビジネスグランドワークスなどに約1億500万円の損害賠償を求め、東京地方裁判所に提訴した[15]
2020年11月20日、同社および研修請負企業などを相手取った損害賠償請求訴訟で、和解が成立[16]
株式会社サニックス
2016年1月28日太陽光発電設備施工などを手掛ける株式会社サニックスで行われていた新人研修において、20キロ以上歩くなど過酷な社員研修で足に障害が残ったとして、同社に補償を求め裁判が提起された[17]
2018年2月22日、広島地方裁判所は訓練を中断せず病院受診を認めなかったとして安全配慮義務違反にあたるとし、会社側に1592万円の支払いを命じた[18]

参考文献

脚注

関連項目

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