ブルーボーイ事件
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ブルーボーイ事件(ブルーボーイじけん、Blue boy trial)とは、1964年に性別適合手術(当時は性転換手術と呼ばれた)を行った産婦人科医師が、警察による売春取り締まりの思惑から1965年に優生保護法(現在の母体保護法)違反および別件の麻薬取締法違反を名目に逮捕され[1][2]、1969年に有罪判決を受けた事件。
手術前に十分な診察を行わなかったとされたことが、当時の優生保護法第28条「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」へ違反したと判断された。本事件は日本国内での性別適合手術が1998年に再開されるまで、およそ30年に渡り中断される要因となった[2]。
1964年当時、東京オリンピックの開催に備えた街の浄化運動がさかんになり、警察や関連機関は様々な手段で売春営業者の取り締まりを強化し[1][3]、閉幕後もそれが続いていた。当時はブルーボーイと呼ばれていた戸籍上は男性の娼婦たちがいた。内藤道興[注 1]によれば、1965年に、東京都内某地区[注 2]の住民から、ブルーボーイら[注 3]が「夜中にさわぎ、風紀を悪くして困る」との苦情を受けた所轄の警察署は、戸籍上女性の者による売春を対象としていた売春防止法[注 4]ではブルーボーイを取り締まることはできなかったが、捜査を開始した[2][6]。その過程で、当該ブルーボーイのなかに性別適合手術を受けた者がいると知った警察は、施術した医師(本事件被告)および、同医師から同じ手術を受けた複数名について把握した。警察は地検とも相談し、「風紀上、野ばなしにしておくわけにはいかない」として性別適合手術そのものの取り締まりに狙いを移したが、前例もなく、当初はどの法律を適用するべきか判断できなかったという[注 5][6]。最終的に警察と地検は手術を行なった医師を優生保護法違反として立件した[9][6]。
検察は公判廷において、当該の医師が売春[注 6]の職にある20歳代の戸籍上の男性3人に対して、1964年に相次いで性別適合手術を行ったものの、その手術目的については「異常な欲望を満足させるため」「手術を受けた身体を資本にして営利事業をするため」であった等と主張した[10]。ただし、捜査当局の依頼によって3人のうち2人の鑑定を行なった医師は造膣の形跡はなかったとしている[11]。それに対し、弁護側はあくまで性転向症に対する正当な医療行為であることを主張した[10]。
判決
1969年2月15日、東京地方裁判所刑事第12部により被告人医師を有罪とする判決が下された。被告人医師は、別件の麻薬取締法違反と併せて懲役2年および罰金40万円執行猶予3年に処せられた[12]。
判決文は、性別適合手術に対する様々な意見を挙げた上で、次のような判断を下している。
- 性転向症[注 7]に対して性別適合手術を行うことの医学的正当性を一概に否定することはできないが、生物学的には男女のいずれでもない人間を現出させる非可逆的な手術であるので、少なくとも次のような条件を満たさなければならない。
- 証人・鑑定人となった以上、高橋進の報告によれば、手術を受けた3人は性転向症であったと認めることができる(ただし、今日の基準において性別不合であると判断できるかどうかは現在となっては不明である)。
- しかし、被告人医師は、上記に挙げたような十分な診察・調査を行わなかった。
- 従って、手術の医療行為としての正当性を認めるには足りず、「正当な理由をなくして、生殖を不能にすることを目的として手術」を行ったものといえる。これは優生保護法第28条に反する。
余波
有罪判決が下されたものの、判決文は性別適合手術そのものは法律違反でなく、むしろ十分な診察を行えば正当な医療行為と容認される可能性を示したものと言えた[2][13][14]。しかし、別件の麻薬取締法違反も併わさって厳しい量刑となったこともあり、「性別適合手術は優生保護法違反で重罪」といった誤った認識が世間に広まった。そのため長い間、日本国内での性別適合手術自体がタブー視されることとなった[13][14]。
1990年代中頃以降、優生思想が問題視され、優生保護法の改正や国内での性別適合手術の再開が検討され始めるのと前後し、本事件に対する再評価が行われるようになった[9]。研究者の猪田真一は、判決における優生保護法の文言解釈を認めつつも、優生保護法の目的に性別適合手術を含めるべきではないとし、性別適合手術の正当性を認めるための立法による解決を主張した[9]。また、後藤幸子は本事件を「単なる売春取り締まり」が不運にも手術の存在を警察の目に触れさせ、それが医師の摘発を招いたものと評した[9]。
事件からおよそ30年後となる1998年にようやく日本国内での性別適合手術が再開[13][2]されたものの、その後も日本国内では30年の「空白期間」が生んだ医療技術の遅れや人材不足が完全には解消されておらず[15]、2020年時点においても多くの性別不合当事者が日本国外の医療機関を頼らざるをえないなど、事件の影響は残っている[15]。
映画
| ブルーボーイ事件 | |
|---|---|
| 監督 | 飯塚花笑 |
| 脚本 |
三浦毎生 加藤結子 飯塚花笑 |
| 製作 |
遠藤日登思 金山 吉田憲一 新井真理子 押田興将 |
| 出演者 |
中川未悠 前原滉 中村中 イズミ・セクシー 真田怜臣 六川裕史 泰平 渋川清彦 山中崇 安井順平 錦戸亮 |
| 音楽 | 池永正二 |
| 撮影 | 芦澤明子(J.S.C.) |
| 編集 | 普嶋信一 |
| 制作会社 | オフィス・シロウズ |
| 製作会社 | 『ブルーボーイ事件』製作委員会 |
| 配給 |
日活 KDDI |
| 公開 |
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| 上映時間 | 106分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
本事件を題材にした映画が2025年11月14日に公開された[16][17]。監督は飯塚花笑、主演は本作で演技初挑戦となる中川未悠[16]。
本作は「性別適合手術」が違法とされていた1960年代に起きた実際の事件をもとにしたオリジナル作品であり、監督の飯塚、主演の中川をはじめとしたトランスジェンダーの当事者が参加している[16]。なお、本作の主演は「トランスジェンダー当事者の俳優を主演に起用し、オリジナル作品として取り組む」という飯塚の考えのもと、オーディションで決定した[16]。
あらすじ
東京オリンピック後の高度経済成長期にある1965年の東京。国際化に向け、売春の取り締まりが強化されるなか、警察は性別適合手術[注 8]を受けた「ブルーボーイ」と呼ばれる人々が戸籍上は男性のまま女性として働くため、現行の売春防止法では摘発できないことに頭を悩ませていた。そこで、警察は性別適合手術そのものに目をつけ、「生殖を不能にする手術は『優生保護法[注 9]』に違反する」として、ブルーボーイたちに手術を行っていた医師・赤城昌雄を逮捕し、裁判にかけた。
一方、東京の喫茶店でウェイトレスとして働くサチは、恋人の若村篤彦からプロポーズを受け、幸せを感じていた。しかしある日、赤城の弁護を担当することになった弁護士・狩野卓が彼女を訪ねてきた。実はサチもまた、赤城のもとで性別適合手術を受けた患者の一人だった。狩野はサチに対し、「性別適合手術を受けた証人として裁判に出廷してほしい」と依頼する[16][18]。
キャスト
- サチ
- 演 - 中川未悠
- 本作の主人公。医師の赤城による性別適合手術を受け、身体の特徴を女性的に変えた通称「ブルーボーイ」の一人。
- 東京の喫茶店でウェイトレスとして働いている。
- 弁護士の狩野から赤城の裁判での証言を依頼される。
- 若村篤彦(わかむら あつひこ)
- 演 - 前原滉[16]
- サチの恋人。サチにプロポーズをした。
- メイ
- 演 - 中村中[16]
- ブルーボーイ。サチの元同僚でブルーボーイたちのリーダー。
- 赤城のもとで性別適合手術を受けており、狩野から赤城の裁判での証言を依頼される。
- アー子
- 演 - イズミ・セクシー[16]
- ブルーボーイ。サチの元同僚。
- 赤城のもとで性別適合手術を受けており、狩野から赤城の裁判での証言を依頼される。
- ベティ
- 演 - 真田怜臣[16]
- ブルーボーイ。
- アー子を慕っており、アー子が立ち上げた店「アダム」で働いている。
- ユキ
- 演 - 六川裕史[16]
- ブルーボーイ。
- アー子を慕っており、アー子が立ち上げた店「アダム」で働いている。
- ツカサ
- 演 - 泰平[16]
- ブルーボーイ。
- アー子を慕っており、アー子が立ち上げた店「アダム」で働いている。
- 須賀川(すがかわ)
- 演 - 中村シユン
- 医者。
- 岡辺隆之(おかべ たかゆき)
- 演 - 渋川清彦[16]
- サチが働く喫茶店のマスター。
- 赤城昌雄(あかぎ まさお)
- 演 - 山中崇[16]
- ブルーボーイたちに手術を行っていた医師。
- 「生殖を不能にする手術は『優生保護法』に違反する」として、麻薬取締法違反および優生保護法違反の容疑で逮捕された。
- 時田孝太郎(ときた こうたろう)
- 演 - 安井順平[16]
- 赤城の事件の担当検事。
- 狩野卓(かのう たく)
- 演 - 錦戸亮[16]
- 赤城の弁護を担当することになった弁護士。
- 赤城のもとで性別適合手術を行った患者の一人であるサチやブルーボーイたちに「証人として出廷してほしい」と依頼する。
- その他
- 演 - 井上肇[19]、安藤聖[19]、岩谷健司[19]、梅沢昌代[19]
スタッフ
- 監督 - 飯塚花笑[20]
- 脚本 - 三浦毎生、加藤結子、飯塚花笑[19]
- 音楽 - 池永正二[19]
- 撮影 - 芦澤明子(J.S.C.)[21][22]
- 照明 - 菰田大輔[21][22]
- 録音 - 渡辺丈彦[21][22]
- 美術 - 小坂健太郎[21][22]
- 装飾 - 大谷直樹[21][22]
- 編集 - 普嶋信一[21][22]
- 衣裳デザイン - 田中亜由美[21][22]
- ヘアメイク - タナカミホ[21][22]
- キャスティングディレクター - 山下葉子[21][22]
- 助監督 - 髙野佳子[21][22]
- 制作担当 - 柳橋啓子[21][22]
- プロデューサー - 遠藤日登思、金山、吉田憲一、新井真理子、押田興将[21][22]
- アシスタントプロデューサー - 草野江里加[21][22]
- 宣伝 - 齋藤淳、浅野早久実[22]
- 助成 - 文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
- 特別協力 - 群馬県 / ぐんまフィルムコミッション
- 特別解賛 - JINS、上毛新聞社
- 配給・宣伝 - 日活、KDDI[16][19]
- 制作プロダクション - オフィス・シロウズ[22]
- 製作 -『ブルーボーイ事件』製作委員会(アミューズクリエイティブスタジオ、KDDI、日活)[19][22]
受賞歴
- おおさかシネマフェスティバル2026(2026年)