ブレイク・ウッド

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生年月日 (1985-08-08) 1985年8月8日(40歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
240 lb =約108.9 kg
ブレイク・ウッド
Blake Wood
レッズ時代(2016年4月27日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州アトランタ
生年月日 (1985-08-08) 1985年8月8日(40歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト3巡目(全体77位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名
初出場 2010年5月12日 クリーブランド・インディアンス
年俸 $1,450,000(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブレイク・ダニエル・ウッドBlake Daniel Wood, 1985年8月8日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。

プロ入りとロイヤルズ時代

2006年MLBドラフト6巡目(全体77位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名され、6月22日に契約。契約後、傘下のパイオニアリーグのルーキー級アイダホフォールズ・チュカーズ英語版でプロデビュー。12試合に先発登板して3勝1敗、防御率4.50、46奪三振を記録した。

2007年はまずルーキー級アリゾナリーグ・ロイヤルズで4試合に先発登板し、7月にA級バーリントン・ビーズ英語版へ昇格。7試合に先発登板して2勝1敗、防御率3.03、26奪三振を記録した。8月にA+級ウィルミントン・ブルーロックスへ昇格。2試合に先発登板して0勝1敗、防御率4.66、11奪三振を記録した。

2008年はまずA+級ウィルミントンでプレーし、10試合に先発登板して3勝2敗、防御率2.67、63奪三振の成績を残した。5月にAA級ノースウエストアーカンソー・ナチュラルズへ昇格。18試合に先発登板して5勝7敗、防御率5.30、76奪三振を記録した。

2009年はAA級ノースウエストアーカンソーとルーキー級アリゾナリーグでプレー。AA級ノースウエストアーカンソーでは17試合(先発13試合)に登板して2勝8敗、防御率5.83、49奪三振を記録した。オフの11月20日にロイヤルズとメジャー契約を結び[2]40人枠入りを果たした。

2010年3月31日にAAA級オマハ・ロイヤルズへ異動し、そのまま開幕を迎えた。5月12日にメジャーへ昇格し、同日のクリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー。4点ビハインドの7回表から登板し、1回を1安打無失点1奪三振に抑えた[3]。8月には腰の故障で離脱したものの、この年はリリーフに定着。51試合に登板して1勝3敗、防御率5.07、31奪三振を記録した。

2011年2月22日にロイヤルズと1年契約に合意[4]。3月21日にAAA級オマハ・ストームチェイサーズ[5]へ異動し、そのまま開幕を迎えた。AAA級オマハでは3試合(計5回)に登板し、防御率0.00と好投。4月14日にメジャーへ昇格した。この年は55試合に登板して5勝3敗1セーブ、防御率3.75、62奪三振を記録した。

2012年2月10日にロイヤルズと1年契約に合意[6]。4月4日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りした。5月22日に60日間の故障者リストへ異動し[7]トミー・ジョン手術を受け、シーズンを全休した。

インディアンス時代

2012年11月2日ウェイバー公示を経てインディアンスへ移籍した[8]。11月29日にインディアンスと1年契約に合意した。

2013年3月11日に前年の手術の影響で60日間の故障者リスト入りした[9]。7月14日に故障者リストから外れ、AAA級コロンバス・クリッパーズへ降格[10]。登録枠が拡大した9月1日にメジャーへ昇格した[11]。この年は2試合に登板して防御率0.00だった。オフの12月2日にインディアンスと1年契約に合意した。

2014年は開幕ロースター入りし[12]、開幕後は7試合に登板したが、防御率7.11と結果を残せず、4月21日にAAA級コロンバスへ降格した[13]。その後はAAA級コロンバスでプレーしていたが、5月27日にDFAとなった[14]

ロイヤルズ傘下時代

その後、6月2日にウェイバー公示を経てロイヤルズに復帰して40人枠入りしたが、9日にマイナー・オプションでAAA級オマハに配属。同年9月1日に再びDFAとなり[15]、11日に40人枠を外れてそのままAAA級オマハに降格、翌12日にAA級ノースウエストアーカンソーに配属された。9月29日にFAとなった。

パイレーツ傘下時代

2014年11月18日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結び、2015年スプリングトレーニングに招待選手として参加したが、メジャー昇格はならず。2015年は傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンズでプレーし、インターナショナルリーグ最多の29セーブを挙げた[16]。オフの11月6日にFAとなった。

レッズ時代

2015年11月20日にシンシナティ・レッズと1年契約を結んだ[16]

2016年、2年ぶりにメジャーの舞台に復帰すると、リリーフ陣の主力の1人としてフル起用され、70試合に登板。6勝5敗1セーブ、防御率3.99、WHIP1.44、76.2イニングで81三振を奪って奪三振率9.5という成績を残し、一定の復活を果たした。

2017年8月23日にDFAとなった[17]

エンゼルス時代

2017年8月25日にウェイバー公示を経てロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した。この年は2チーム合計で自己最多の72試合に登板したが、防御率5.45、WHIP1.57と前年から大幅に成績を落としてしまった。

2018年は13試合に登板後に2度目のトミー・ジョン手術を受けることになり[18]、5月下旬以降は全休した。オフの10月29日にFAとなった[19]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 KC 51000013015.25022049.25462251313029285.071.53
2011 5500005315.62530369.26653273622030293.751.41
2013 CLE 200000000----81.110300100000.003.00
2014 700000100.000306.140721700557.111.74
2016 CIN 70000065115.54533076.27293832818038343.991.44
2017 5500001403.20025957.16453651296240365.651.62
LAA 17000020011.0007317.02034102210994.761.41
'17計 7200003404.42933274.18483321847249455.451.57
2018 13000010041.0004711.2817211000332.311.29
MLB:7年 27000001616243.5001270289.2289291422192762021541444.471.49
  • 2018年度シーズン終了時

背番号

  • 38(2010年 - 2011年)
  • 49(2013年 - 2014年)
  • 36(2016年 - 2017年8月22日)
  • 46(2017年8月26日 - 2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

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