ブレナン・ボッシュ

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生年月日 (1985-04-12) 1985年4月12日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
235 lb =約106.6 kg
ブレナン・ボッシュ
Brennan Boesch
タイガース時代(2011年4月7日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンタモニカ
生年月日 (1985-04-12) 1985年4月12日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2006年 ドラフト3巡目(全体82位)でデトロイト・タイガースから指名
初出場 2010年4月23日 テキサス・レンジャーズ
最終出場 2015年10月1日 シカゴ・カブス
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブレナン・P・ボッシュBrennan P. Boesch, 1985年4月12日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ出身の元プロ野球選手外野手)。左投左打。

タイガース時代

ハーバード・ウェストレイク高校時代は打率.490を記録。ベースボール・アメリカで25人の有望株として紹介された。その後カリフォルニア大学バークレー校に進学。

2006年のMLBドラフトデトロイト・タイガースから3巡目(全体82位)で指名を受け入団。順調にマイナーリーグを駆け上がり、2009年シーズンは2Aエリー・シーウルブズ本塁打王と活躍。

2010年は、AAA級トレド・マッドヘンズで開幕を迎えたが、4月23日カルロス・ギーエンの故障者リスト入りに伴い、メジャー昇格。同日のテキサス・レンジャーズ戦でデビュー。4月30日ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム戦でジョエル・ピネイロからメジャー初本塁打を満塁本塁打で記録した。その後も活躍し、5月、6月はルーキー・オブ・ザ・マンスを受賞した。しかし、後半戦に入るとスランプに陥り、同時にチームも失速し優勝争いからも脱落した。

2011年は開幕から左翼手のポジション獲得。不振で故障がちのマグリオ・オルドニェスに替わって右翼も守った。6月6日テキサス・レンジャーズ戦では6打数5安打2本塁打5打点5得点と大活躍した。しかし、8月中旬に右手親指の靱帯を痛め、そのまま強行出場したが、打撃フォームに影響したのか、故障者リスト入りし、9月6日に手術を受けた。そのため、チームが地区優勝し、ポストシーズンを含めた残りのシーズンを欠場することとなった。

2013年3月13日に自由契約となった[1]

ヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキース時代
(2013年)

2013年3月15日にニューヨーク・ヤンキースと総額150万ドル+出来高60万ドルの1年契約に合意した[2]。3月25日にアクティブロースター入りしたが、6月3日にアンディ・ペティットの復帰に伴いAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースに降格した[3]。しかし、7月19日に自由契約となった[4]

エンゼルス時代

2014年1月28日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとマイナー契約を結んだ[5]。AAA級ソルトレイク・ビーズで開幕を迎え、13試合に出場し、2本塁打9打点1盗塁、打率.250だった。4月16日にエンゼルスとメジャー契約を結んだが、マイナーに降格した。9月2日に、セプテンバー・コールアップで、メジャーに再昇格した[6]。オフに、FAとなった[4]

レッズ時代

2014年11月26日に、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ[7]

2015年4月5日にメジャー契約を結び25人枠入りした[4]。6月16日にAAA級ルイビス・バッツに降格したが、8月19日に再昇格した[4]。8月31日に右足首の骨挫傷で15日間の故障者リスト入りし、9月8日に復帰した[4]。10月30日に40人枠から外れAAA級ルイビスに降格し[4]、11月4日にFAとなった[8]

レッドソックス傘下時代

2016年1月12日、ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[9]

2017年4月11日に現役引退を表明した[10]

詳細情報

脚注

外部リンク

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