ブーン・ローガン

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生年月日 (1984-08-13) 1984年8月13日(41歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
215 lb =約97.5 kg
ブーン・ローガン
Boone Logan
ヤンキース時代(2011年8月28日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州サンアントニオ
生年月日 (1984-08-13) 1984年8月13日(41歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 MLBドラフト20巡目
初出場 2006年4月4日 クリーブランド・インディアンス
年俸 $1,875,000(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブーン・ローガンBoone Logan, 1984年8月13日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ出身のプロ野球選手投手)。左投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。

プロ入りとホワイトソックス時代

2002年MLBドラフト20巡目(全体600位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名を受け、プロ入り[2]

2006年に開幕ロースター入りを果たし、4月4日クリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー。2年目の2007年には68試合に登板した。

2008年防御率5.95と不振に陥った。

ブレーブス時代

2008年12月4日ブレント・リリブリッジタイラー・フラワーズら4選手との交換トレードで、ハビアー・バスケスと共にアトランタ・ブレーブスへ移籍[3]

2009年、ブレーブスでは結果を残せず、AAA級グウィネット・ブレーブスにいる時間の方が長かった。

ヤンキース時代

2009年12月22日、またしてもバスケスと共にトレードでニューヨーク・ヤンキースへ移籍した。交換要員はメルキー・カブレラマイク・ダンアローディス・ビスカイーノの3名だった[4]

2010年は開幕をAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースで迎えたが、4月16日故障者リスト入りした朴賛浩に代わってメジャーへ昇格。この年の防御率は自己最高の2.94だった。

2011年も前年に続いて好成績を収め、奪三振数が初めてイニング数を上回った。

2012年はリーグトップの80試合に登板。左のリリーバーとしてチーム内に確たる地位を築き上げた。

2013年10月6日に左肘の手術を行い[5]10月31日FAとなった。

ロッキーズ時代

2013年12月13日コロラド・ロッキーズと3年総額1650万ドルで契約に合意したことを報道され[6]12月16日に球団が発表した[7]

2014年3月28日に前年の手術の影響で、15日間の故障者リスト入りし、4月3日にリハビリのため、AAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ異動した[8]4月9日に故障者リストから復帰し[8]、同日のシカゴ・ホワイトソックス戦で移籍後初登板した。35試合の登板に終わり、2010年から継続していた50試合登板以上が4年連続で途切れたが、メジャーデビューイヤーの2006年から続いている20試合登板以上は継続し、通算450試合登板も達成した。25.0イニングで32もの三振を奪い、3年連続で11.0以上となる奪三振率11.5を記録、メジャー屈指の奪三振屋である事を証明した。しかし、防御率は自己ワースト2位となる6.84、ホームランを6発食らい、故障者リスト入りも相まって不本意を極めたシーズンを過ごしてしまった。

2015年は60試合に登板して0勝3敗・防御率4.33・44奪三振の成績を残した。

2016年は66試合に登板して2勝5敗1セーブ・防御率3.69・57奪三振の成績を残した。オフの11月3日にFAとなった[8]

インディアンス時代

2017年2月7日クリーブランド・インディアンスと1年550万ドル(2018年は700万ドルの球団オプション、バイアウト100万ドル付き)で契約を結んだ[9][8]。この年は38試合に登板したが、1勝0敗・防御率4.71・WHIP1.38と芳しい成績ではなかった。同年11月6日にFAとなった[8]

ブルワーズ時代

2018年1月10日ミルウォーキー・ブルワーズと1年187万5000ドル(2019年は412万5000ドルの球団オプション、62万5000ドルのバイアウト付き)で契約を結んだ[10]6月19日DFAとなり[11]、24日に自由契約となった[8]

投球スタイル

主な球種は、平均93mph(約149.7km/h)前後の速球スライダー。2008年頃まではチェンジアップも投げていたが、2009年以降は全投球の95%以上を速球とスライダーの二球種が占めるようになった[12]

キャリア通算では対右打者に被打率.316、被OPS.881なのに対し、対左打者は被打率.251、被OPS.704に抑えている[13]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2006 CWS 2100000012----9317.12121523151018168.312.08
2007 68000021011.66722650.25972030352030284.971.56
2008 5500002303.40019742.15771431421031285.951.68
2009 ATL 2000001101.5008217.1211931100012105.191.73
2010 NYY 510000200131.00016940.03432031381013132.931.35
2011 64000053010.62518541.24341334461020163.461.34
2012 80000072123.77823955.14862862683023233.741.37
2013 61000052011.71415939.03371340503015143.231.18
2014 COL 3500002307.40011625.03161111323020196.841.68
2015 60000003023.00016835.14031715443017174.331.61
2016 66000025127.28618746.12742052574023193.691.01
2017 CLE 38000010041.0009121.0202901280013114.711.38
2018 MIL 16000010001.0005810.215310311410775.912.34
MLB:12年 635000030233135.5661970442.04495519937224792302422214.501.47
  • 2018年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 57(2006年 - 2008年)
  • 36(2009年)
  • 48(2010年 - 2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

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