プレストン・ギルメット

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生年月日 (1987-07-27) 1987年7月27日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
プレストン・ギルメット
Preston Guilmet
ボルチモア・オリオールズ時代
(2014年7月11日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州プレイサー郡ローズビル
生年月日 (1987-07-27) 1987年7月27日(38歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト9巡目
初出場 MLB / 2013年7月10日
NPB / 2017年4月1日
最終出場 MLB / 2021年10月1日
NPB / 2017年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

プレストン・ブレイク・ギルメットPreston Blake Guilmet, 1987年7月27日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州プレイサー郡ローズビル出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入り前

アリゾナ大学在学時の2008年MLBドラフト22巡目(全体664位)でオークランド・アスレチックスから指名されたが、契約には至らなかった。

プロ入りとインディアンス時代

2009年MLBドラフト9巡目(全体275位)でクリーブランド・インディアンスから指名され、6月16日に契約。契約後、傘下のA-級マホーニングバレー・スクラッパーズでプロデビュー。15試合に先発登板して6勝6敗、防御率4.09、62奪三振を記録した。

2010年はA級レイクカウンティ・キャプテンズでプレーし、30試合に登板して4勝1敗11セーブ、防御率2.25、79奪三振を記録した。

2011年はA+級キンストン・インディアンスでプレーし、52試合に登板して1勝1敗35セーブ、防御率2.16、60奪三振を記録した。

2012年はAA級アクロン・エアロズでプレーし、50試合に登板して2勝2敗24セーブ、防御率2.39、51奪三振を記録した。

2013年はAAA級コロンバス・クリッパーズで開幕を迎え、7月7日にインディアンスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[1]。7月10日のトロント・ブルージェイズ戦でメジャーデビュー。7回2死から登板し、0.2回を無安打無失点1奪三振に抑えた[2]。7月11日にAAA級コロンバスへ降格した[3]。8月8日にメジャーへ再昇格し[4]、同日のデトロイト・タイガース戦に登板したが、2.2回を投げ6安打4失点の乱調で、8月9日にAAA級コロンバスへ降格した[5]。ロースターが拡大された9月1日にメジャーへ昇格した[6]。この年メジャーでは4試合に登板して防御率10.13、1奪三振を記録した。

2014年3月10日にインディアンスと1年契約に合意。3月19日にAAA級コロンバスへ異動した[7]が、30日にDFAとなった[8]

オリオールズ時代

2014年4月7日にトーステン・ボスとのトレードで、ボルチモア・オリオールズへ移籍した[9]。同日に傘下のAAA級ノーフォーク・タイズへ異動した。同球団では12試合に登板して2勝1敗4セーブ、防御率5.65を記録した。5月12日にメジャーへ昇格[10]。昇格後は2試合に登板したが、5月13日の試合後にAAA級ノーフォークへ降格した[11]。5月22日にトミー・ハンター故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格した[12]。同日のインディアンス戦で2.1回を無安打無失点に抑えたものの、5月23日にAAA級ノーフォークへ降格した[13]。5月25日に再昇格[14]後は6試合に登板したが、4試合連続失点するなど結果を残せず、6月6日にAAA級ノーフォークへ降格した。7月5日にダブルヘッダーのためメジャーへ昇格した[15]が、登板のないまま6日にAAA級ノーフォークへ降格した。7月10日にメジャーへ再昇格した[16]。昇格後は1試合の登板にとどまり、7月22日にAAA級ノーフォークへ降格した。7月28日に昇格したが、登板機会のないまま、31日にAAA級ノーフォークへ降格した。そのままシーズンを終えた。この年メジャーでは10試合に登板して0勝1敗、防御率5.23、12奪三振を記録した。9月27日にDFAとなった[17]

ブルージェイズ傘下時代

2014年10月3日に金銭トレードで、ピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[18]が、12月19日にDFAとなった[19]。12月23日にウェイバー公示を経てブルージェイズへ移籍した[20]

2015年シーズンは開幕を傘下のAAA級バッファロー・バイソンズで迎えた。5月10日にDFAとなった[21]

レイズ時代

2015年5月13日にウェイバー公示を経てタンパベイ・レイズへ移籍した[22]。7月7日にDFAとなった[23]

ドジャース傘下時代

2015年7月10日にウェイバー公示を経てロサンゼルス・ドジャースへ移籍したが[24]、21日にDFAとなった[25]

ブルワーズ時代

2015年7月31日にウェイバー公示を経てミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した[26]。9月8日にマイナー契約で傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ配属された。オフの11月6日にFAとなった[27]

タイガース傘下時代

2015年12月8日にタイガースとマイナー契約を結び、2016年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2016年はシーズン中はメジャー昇格することなく、一年間傘下のAAA級トレド・マッドヘンズに所属となった。オフの11月7日にFAとなった。シーズン終了後はウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナトロス・デル・エステ英語版に所属した[28]

ヤクルト時代

東京ヤクルトスワローズ時代
(2017年5月17日 東京ドーム)

2016年11月21日に東京ヤクルトスワローズとの契約締結を発表した[29][30]

2017年は、開幕から中継ぎとして登板していたが防御率4点台と不安定な投球が続いていた[31]。8月中旬頃からファームで先発として調整を重ね、9月7日の横浜DeNAベイスターズ戦で来日初先発を果たす[32]。その試合で7回無失点と好投し来日初勝利を挙げた[33]。オフの12月2日に自由契約公示された[34]

カージナルス時代

2018年1月7日にセントルイス・カージナルスとマイナー契約を結び[35]、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[27]。開幕は傘下のAAA級メンフィス・レッドバーズで迎え、6月5日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[36]。だが、マイアミ・マーリンズとの2試合で5失点、防御率22.50と打ち込まれ、6月7日にDFAとなった[37][38]

ブルージェイズ時代

2018年6月9日にウェイバー公示を経てブルージェイズへ移籍した[39]。7月4日にDFAとなり[40]、6日にマイナー契約でAAA級バッファローへ配属された。オフの10月10日にFAとなった[27]

ツインズ傘下時代

2018年11月19日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結び、2019年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2019年は傘下のAAA級ロチェスター・レッドウイングスでプレーし、44試合(先発6試合)に登板して2勝6敗8セーブ、防御率4.93、94奪三振を記録した。オフの11月4日にFAとなった[27]

マーリンズ時代

2020年8月9日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。しかし、同年はCOVID-19の影響でマイナーリーグのシーズンが中止となり[41]、公式戦への出場はなかった[27]。オフの11月2日にFAとなった。

2021年4月12日に再びマーリンズとマイナー契約を結んだ。6月12日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[42]。だが、登板機会の無いまま翌13日にDFAとなり[43]、15日にマイナー契約で傘下のAAA級ジャクソンビル・ジャンボシュリンプへ配属された。7月10日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[44]が、前回の昇格時同様に登板機会の無いまま翌11日にDFAとなり[45]、13日にマイナー契約でAAA級ジャクソンビルへ配属された[27]。7月28日に三たびメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[46]、同日のオリオールズ戦で3年ぶりのメジャー復帰登板を果たした[47]。レギュラーシーズン終了後の10月22日にFAとなった。

投球スタイル

長身を活かしたダイナミックな投球フォームが特徴である。決め球はスプリッターで奪三振率が高い[48]

元々は、平均球速90mph(約144.8km/h)に満たないフォーシ-ム、83mph(約133.5km/h)前後のスライダー、フォーシームと球速差のないカットボールの3球種を持ち球としており、少なくとも2015年まではスプリッターは投げていなかった。スプリッター習得後はカットボールは全く投げていない。尚、アメリカ球界ではスプリッターもさほど投げておらず、2018年に至ってはフォーシームとスライダーの2球種で投球全体の約98%を占めている[49]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2013 CLE 400000000----285.1803001006610.132.06
2014 BAL 1000000101.0004310.1822001210665.230.97
2015 TB 300000000----235.151200500335.061.31
MIL 200000000----122.0412001006627.003.00
'15計 500000000----357.1924006009911.051.77
2017 ヤクルト 2840001102.50022854.24941512571023223.621.17
2018 STL 200000100.000132.0720003105522.503.50
TOR 600000000----398.1114410500889.001.88
'18計 800000000.0005210.0186410810131311.702.20
2021 MIA 200000001----72.021000100114.501.00
MLB:5年 2900000202.00016535.045111310282035359.001.66
NPB:1年 2840001102.50022854.24941512571023223.621.17
  • 2021年度シーズン終了時

記録

NPB初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2017年9月7日 対横浜DeNAベイスターズ24回戦(横浜スタジアム)、4回表に尾仲祐哉から犠打
  • 初安打:2017年9月25日 対読売ジャイアンツ23回戦(明治神宮野球場)、3回裏に吉川光夫から右前安打

背番号

  • 36(2013年)
  • 63(2014年)
  • 58(2015年、2018年 - 同年6月6日、2021年)
  • 61(2017年)
  • 49(2018年6月11日 - 同年終了)

登場曲

  • 「We are NO FEAR」原田勝通(2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

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