サッカーパラグアイ代表

From Wikipedia, the free encyclopedia

国または地域 パラグアイの旗 パラグアイ
愛称 Los Guaraníes (先住民グアラニー族に由来)
La Albirroja (白と赤の意)
サッカーパラグアイ代表
国または地域 パラグアイの旗 パラグアイ
協会 パラグアイサッカー協会
FIFAコード PAR
愛称 Los Guaraníes (先住民グアラニー族に由来)
La Albirroja (白と赤の意)
監督 アルゼンチンの旗 グスタボ・アルファロ
キャプテン グスタボ・ゴメス
最多出場選手 パウロ・ダ・シルバ(148試合)
最多得点選手 ロケ・サンタ・クルス(32得点)
ホームスタジアム ディフェンソーレス・デル・チャコ
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 パラグアイ 1-5  アルゼンチン
アスンシオン, 1919年5月11日)
最大差勝利試合
 パラグアイ 7-0  ボリビア
リオデジャネイロ, 1949年4月30日)
 香港 0-7  パラグアイ
湾仔区銅鑼湾, 2010年11月17日)
最大差敗戦試合
 アルゼンチン 8-0  パラグアイ
サンティアゴ, 1926年10月20日)
FIFAワールドカップ
出場回数 8回(初出場は1930
最高成績 ベスト8 (2010)
コパ・アメリカ
出場回数 38回
最高成績 優勝 (1953, 1979)

サッカーパラグアイ代表(サッカーパラグアイだいひょう、西: Selección nacional de fútbol de Paraguay)は、パラグアイサッカー協会(APF)によって構成される、パラグアイサッカーナショナルチームである。ホームスタジアムは、首都アスンシオンにあるエスタディオ・ディフェンソーレス・デル・チャコ

通算8回のFIFAワールドカップ出場経験があり、最高順位は2010年大会南アフリカ開催)のベスト8。コパ・アメリカでは1953年大会1979年大会で優勝を果たしている。FIFAランキングでは最高順位は2001年3月に記録した8位、最低順位は1995年5月に記録した103位。

パラグアイはPK戦に強いチームであり、2010年南アフリカW杯日本にPK戦で勝利して以来、2011年の南米選手権ではブラジルベネズエラにもPK戦で勝利している[注釈 1]

歴史

1930年代 – 1970年代

1930年、ウルグアイで開催された第1回ワールドカップに参加した。グループの首位のみが突破となる1次リーグで、アメリカに0-3の敗戦、ベルギーには1-0の勝利で1勝1敗となり決勝トーナメントには進めなかった。南米選手権(現コパ・アメリカ1929年大会1947年大会1949年大会でそれぞれ準優勝を果たし、1950年ブラジルW杯予選では辞退国が出たため、20年ぶり2回目となるFIFAワールドカップ出場が自動的に決まった。本大会ではスウェーデンイタリアと同組になったが1分1敗に留まり、決勝トーナメント進出を逃している。

1953年の南米選手権ブラジル開催)で初優勝を遂げた。出場8カ国が総当たりを行う1次リーグをブラジルと並ぶ6勝1敗で終え、それに伴い行われた決勝戦で同国を3-2で破った[1]1958年スウェーデンW杯ではフランススコットランドユーゴスラビアと共にグループ2に入ったが1勝1分1敗でグループ3位となり、またしてもグループリーグ敗退となった。

1970年代 – 1990年代

W杯予選では前述のスウェーデン大会以降、南米予選敗退が続いたが、コパ・アメリカでは断続的に好成績を残した。

1979年のコパ・アメリカではグループリーグで強豪ウルグアイエクアドルが属するグループCとなったが、2勝2分と無敗で決勝トーナメントに進出。準決勝ではブラジルを打ち合いの末4-3で、決勝ではチリを3-1でそれぞれ降し、26年ぶりに南米王者に輝いた[2]予選を勝ち抜き、実に28年ぶりの出場となった1986 FIFAワールドカップメキシコ開催)では、ロベルト・フェルナンデスロランド・チラベルトなどの好選手を揃えて参加。グループリーグの初戦で初出場のイラクを1-0で破ると、メキシコ、ベルギーにはそれぞれ1-1、2-2での引き分け。通算成績は1勝2分で、4回目の出場にして初めてベスト16に進出した。決勝トーナメント1回戦ではイングランドに0-3で敗れた[3]

1990年代 - 2000年代

W杯メキシコ大会で好成績を残したパラグアイ代表だが、続く1990年大会1994年大会では南米予選敗退に終わった。1992年、U-23代表バルセロナ五輪に出場。グループステージを2位で勝ち抜いたが、準々決勝でガーナに敗れた。この大会では、カルロス・ガマーラセルソ・アジャラホセ・ルイス・チラベルトフランシスコ・アルセホセ・カルドーソなどの才能ある若手が次々と現れ、後にこの世代はワールドカップで好成績を残すことになる。

1998 W杯

1998年フランスW杯南米予選で、勝ち点1差で首位通過のアルゼンチンに次ぐ2位となり、1986年大会以来となる本大会出場権を獲得した。本大会ではブルガリアスペインナイジェリアが入るグループDに振り分けられた。ブルガリア、スペインとの試合をいずれも0-0のスコアレスドローで終えた[4]。最終戦は既に1次リーグ突破を決めているナイジェリアとの一戦であったが、これに3-1で勝利して1勝2分で決勝トーナメントに進出した。ベスト8を賭けた決勝T1回戦では、主力のジネディーヌ・ジダンを欠く開催国・フランスと対戦。前後半90分で0-0と決着がつかず、延長戦に突入。ところが、延長後半9分にローラン・ブランゴールデンゴールを許し、ベスト16で散った[5]。大会後、今大会のオールスターチームDFのガマーラ、GKであり主将のチラベルトが選出された。

コパ・アメリカ1999・2001

地元開催となったコパ・アメリカ1999では、ボリビア、コパ・アメリカ初挑戦の招待国日本ペルーが入るグループAとなった。開幕戦となったボリビア戦は0-0のドローに終わったが、第2戦で日本に4-0と完勝[6]、最終戦でもペルーを1-0で下し勝ち点7の首位でグループリーグを突破した。準々決勝ではグループCを辛くも3位で突破したウルグアイと対戦。120分間で1-1と決着がつかずに行われたPK戦で敗れ、ベスト8敗退となった。

コパ・アメリカ2001コロンビア開催)には、国内組主体のチームで挑んだ。強豪ブラジル、メキシコとペルーが入る厳しい組み合わせとなり、メキシコ、ペルーとは引き分け、ブラジルには1-3で敗れ2分1敗のグループ最下位で敗退した。

2002 W杯/2006 W杯

2002年W杯日韓大会・南米予選ではペルーに対し黒星スタートとなったが、ウルグアイに2戦2勝するなどリーグ4位で予選突破を決めた。本大会には、チラベルトを始めとした前回大会に出場した選手主体のチームで挑んだ。

通算73試合に出場したチラベルト(代表選出前の1985年)

パラグアイが入ったのはグループBで、南アフリカ、スペイン、スロベニアと同組になった。初戦の南アフリカ戦で引き分け、第2戦のスペイン戦では敗れ、勝利が絶対条件となったスロベニア戦で3-1の快勝。南アフリカと勝ち点、得失点差共に並んだが、総得点で1上回り[7]、2大会連続決勝トーナメントに進んだ[8]。初のベスト8を賭けた決勝T1回戦では、優勝経験3回という経歴を持つドイツとの勝負になった。試合はドイツが優勢に試合を進めたが、パラグアイも終盤まで固い守りを維持。ただ、延長突入直前の後半43分、オリバー・ノイビルに均衡を破る先制点を奪われ、初のベスト8進出は叶わなかった[9]

3大会連続出場となった2006年ドイツW杯ではイングランドとスウェーデンに連敗し、最終戦を前にグループリーグ敗退が決定した[10]。最終戦で初出場のトリニダード・トバゴ相手に2-0と快勝して、勝ち点3は持ち帰った[11]

2010年代以降

コパ・アメリカ2004でのネルソン・バルデス

2010年のW杯南アフリカ大会では守備的なサッカーを徹底してグループFの初戦で前回王者・イタリアと1-1で引き分けた[12]。2戦目はスロバキアに2-0で勝利[13]、最終戦のニュージーランド戦は0-0のスコアレスドローだった[14]。結局失点はイタリア戦の1点のみと堅守が光り、1勝2分の首位で決勝トーナメントに進出した[15]。ラウンドオブ16では、同じく初のベスト8を目指す日本に、PK戦の末、勝利して初の8強入りを果たした[16][17]。準々決勝ではスペインと対戦。後半に主将のフスト・ビジャールシャビ・アロンソのPKを阻止する活躍を見せたが、後半38分に失点して0-1で敗北となった[18][19]。勢いそのままに翌年7月のコパ・アメリカでは48年ぶりに準優勝した[20]

しかし、2014年のブラジルW杯では南米予選最下位で予選敗退を喫した[21]。2018年のロシア大会南米予選でも、第17節時点では7位につけ、同時刻キックオフで行われた最終節のベネズエラ戦で勝利すれば、他のカードの結果次第で本大会出場もしくは大陸間プレーオフへ出場出来たが、最終的にベネズエラに敗れて敗退した[22]。2022年のカタール大会南米予選でも、開幕から苦戦が続き予選8位で敗退した[23][24]。南米選手権ではブラジルで開催された2019年大会2021年大会は2連続でベスト8進出と一定の成績を収めたが[25][26]2024年アメリカ大会ではグループリーグ3連敗で姿を消した[27]

出場枠増加となった2026年北中米W杯南米予選では、ホームでアルゼンチンやブラジルを破る[28][29]など着々と勝ち点を積み上げ、2025年9月4日、エクアドルと引き分けて4大会ぶり9回目となるW杯本大会出場が決定した[30][31]

成績

FIFAワールドカップ

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ウルグアイの旗 1930 グループリーグ敗退 2 1 0 1 1 3
イタリアの旗 1934 不参加
フランスの旗 1938
ブラジルの旗 1950 グループリーグ敗退 2 0 1 1 2 4
スイスの旗 1954 予選敗退
スウェーデンの旗 1958 グループリーグ敗退 3 1 1 1 9 12
チリの旗 1962 予選敗退
イングランドの旗 1966
メキシコの旗 1970
西ドイツの旗 1974
アルゼンチンの旗 1978
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986 ベスト16 4 1 2 1 4 6
イタリアの旗 1990 予選敗退
アメリカ合衆国の旗 1994
フランスの旗 1998 ベスト16 4 1 2 1 3 2
大韓民国の旗 日本の旗 2002 4 1 1 2 6 7
ドイツの旗 2006 グループリーグ敗退 3 1 0 2 2 2
南アフリカ共和国の旗 2010 ベスト8 5 1 3 1 3 2
ブラジルの旗 2014 予選敗退
ロシアの旗 2018
カタールの旗 2022
合計 8/21 27 7 10 10 30 38

コパ・アメリカ

  • 2016 - グループリーグ敗退
  • 2019 - ベスト8
  • 2021 - ベスト8
  • 2024 - グループリーグ敗退

歴代監督

歴代選手

歴代記録

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI