フォルクスワーゲン・ゴルフI GTI
一般的には1977年登場のフォルクスワーゲン・ゴルフ I GTIがホットハッチの元祖[ 要出典 ] とされる。フランスのフォルクスワーゲン ディーラー [ 誰? ] が西ドイツ の本社に働きかけ、GTIモデルを誕生させたのが起源[ 要出典 ] であり、イタリア人と並んで小さな車を飛ばすことが好きなフランスの自動車愛好家[ 誰? ] はこのゴルフGTIに熱狂し、大ヒットとなった。フランスでの成功を受け、ゴルフGTIの販売が全欧州から世界へと広がっていくにつれ、一時代のホットハッチの代名詞となった。
ゴルフ以前にも、ボクスホール・シェヴェット HSのような高性能ハッチバック車は存在したが、シェヴェットHSはラリー 向けのモデルであったため一部の愛好家にのみ販売されており、実用性の高いゴルフGTIとは違いファミリーカーではなく、駆動方式も従来通りのFRレイアウトだった。FFレイアウトに高出力エンジンを積んだ例は1962年のミニ・クーパー にまで遡れるが、トランク が独立しておりハッチバック車でないため、ホットハッチには含まれない。
ゴルフI GTIは1,600 - 2,000 ccのエンジンを搭載し、標準モデルの特徴である使い勝手の良さはそのままに、高出力かつ足回り(サスペンション やブレーキ )の強化で非常に高い性能を持っていた。これにより「日常輸送にも使えるスポーティーカー」という新しい市場を開拓した。
日本においてはゴルフI GTIの正規輸入はなかったが、次代のゴルフII GTIは8バルブ仕様が輸入開始されるやいなや大ヒットとなった。続けて16バルブ仕様も投入され、標準車に16バルブ用の赤枠の入ったフロントグリル だけを付けたまがい物[ 要出典 ] が現れるほどのブームとなった。その後のゴルフIIIやゴルフIVでは徐々に性能が穏やかとなるが、続くゴルフVでは「GTI is Back.」というキャッチコピーを伴い、ターボチャージャー やDSG を搭載した文字通りのホットハッチとして登場した。
ゴルフGTIの成功を受けて、欧州の各メーカーも続々とホットハッチを市場に投入した。とりわけ愛好家の多いフランス[ 要出典 ] のルノー からはゴルフGTI登場の前年(1976年)に5アルピーヌ が発売されていたが、1979年にはゴルフGTIに対抗してターボ仕様が登場。さらに、オペル /ボクスホール からは1980年にアストラ GTEが、英国フォード からは1981年にフォード・エスコート XR3i がそれぞれ登場。これにランチア・デルタ (GT/HFシリーズ)、フィアット・ウーノ ターボ、プジョー・205GTI 、アウトビアンキ・A112 などが続いた。
日本では1974年に発売されたホンダ・シビックRS が「ボーイズレーサー」とも呼ばれ、日本におけるホットハッチの元祖とする見方[ 誰によって? ] もある。
1980年代 末までにはほとんどの日本の自動車メーカーがホットハッチ市場に参入し、1990年代終盤には欧州の全メーカーがハッチバック車にホットハッチを設定していた。ホットハッチは結果的に従来のスポーツカー を生産台数で大きく凌駕し、スポーティーカー最大の市場区分になった。また、世界ラリー選手権 (WRC)ではベース車両に小回りの効くハッチバック車を使用することが一般的になっていった[ 要出典 ] ため、これもホットハッチの増加に拍車をかけている。