ホテイ堂
From Wikipedia, the free encyclopedia
1927年(昭和2年)2月26日に[3]倉吉市湊町で創業し[2]、第2次世界大戦前は菓子の製造・卸を営んでいた[1]。 しかし、夫が戦死したため、1945年(昭和20年)11月に鵜沼芳枝が倉吉市魚町で洋品雑貨の小売店として営業を再開した[1]。 1956年(昭和31年)12月21日に有限会社ホテイ堂を設立して法人化し、鵜沼芳枝が代表取締役に就任した[1]。 1961年(昭和36年)には魚町店でセルフサービスを採用してスーパーマーケットを開業した[4]。
1967年(昭和42年)10月15日には後の堺町本館を開店し[5][6]、本店を移転した[1]。
当社などが中心となって地元商業者のみで設立した「倉吉ショッピングセンター株式会社」が、デベロッパーとして開発したパープルタウンを1981年(昭和56年)11月28日に開業させ、当社も核店舗の一つとして出店した[7]。
1991年(平成3年)には売上高約51億1000万円を上げたが、その後はバブル崩壊の影響で伸び悩むようになった[2]。
倉吉市郊外の河北地区[注 1]や鳥取・米子両市への大型小売店の進出による衰退の影響で[8]、中心市街地に最後まで存在した老舗の大型店舗となっていた。
しかし、堺町本店の店舗の不動産の抵当権者から競売を申し立てられたことから、2008年(平成20年)11月5日に負債総額約27億円を抱えて、鳥取地方裁判所に破産手続開始の申立てを行って事業停止した[2]。 これにより、80年の歴史に幕を閉じた。
沿革
- 1927年(昭和2年)2月26日[3] - 倉吉市湊町で菓子の製造・卸として創業[2]。
- 1945年(昭和20年)11月 - 鵜沼芳枝が倉吉市魚町で洋品雑貨の小売店として営業を再開[1]。
- 1956年(昭和31年)12月21日 - 有限会社ホテイ堂を設立して法人化[1]。
- 1961年(昭和36年) - 魚町店でセルフサービスを採用してスーパーマーケットを開業[4]。
- 1964年(昭和39年) - 県立厚生病院売店開店。[要出典]
- 1967年(昭和42年)10月15日 - 堺町本館開店[5][6]。
- 1969年(昭和44年)12月 - 別館開店[6]。
- 1971年(昭和46年) - 鳥取女子短大売店開店。[要出典]
- 1974年(昭和49年) - 倉吉市役所売店開店。[要出典]
- 1979年(昭和54年)5月5日 - 新店開店[6]。
- 1981年(昭和56年)11月28日 - パープルタウン店出店[7]。
- 1985年(昭和60年)12月12日 - ターミナル店開店[9]。
- 1986年(昭和61年) - 堺町本店新装オープン。[要出典]
- 1987年(昭和62年) - ぎゃらりぃ布袋堂オープン。[要出典]
- 1993年(平成5年) - 東伯町(現・琴浦町)にアプト店開店[2]。
- 2008年(平成20年)11月5日 - 鳥取地方裁判所に破産手続開始を申立て事業停止[2]。負債額27億円[2]。