ホームズ郡 (フロリダ州)
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| フロリダ州ホームズ郡 | |
|---|---|
郡のフロリダ州内の位置 | |
州のアメリカ合衆国内の位置 | |
| 設立 | 1848年1月8日 |
| 郡庁所在地 | ボニフェイ |
| 最大の都市 | ボニフェイ |
| 面積 - 総面積 - 陸 - 水 |
1,266 km2 (488.71 mi2) 1,250 km2 (482.45 mi2) 16 km2 (6.26 mi2), 1.28% |
| 人口 - (2010年) - 密度 |
19,927人 15.94人/km2 (41人/mi2) |
| 標準時 | 中部: UTC-6/-5 |
| ウェブサイト | www |
ホームズ郡(英: Holmes County)は、アメリカ合衆国フロリダ州の西部に位置する郡である。2010年国勢調査での人口は19,927人であり、2000年の18,564人から7.3%増加した[1]。郡庁所在地はボニフェイ市(人口2,793人[2])であり、同郡で人口最大の都市でもある。
歴史的な場所
ホームズ郡は1848年に設立された。
郡名の由来については諸説ある。郡設立以前に郡の東側境界を流れるクリークにホームズと名付けられていたが、もともとはウィーケイウィハチー(クリーク族の言葉で「泉のクリーク」を意味する)という名前があった。別の説では、1830年頃にノースカロライナ州からこの地域に入植したトマス・J・ホームズに因むとしている。また1814年以後にクリーク族のレッドスティック・バンドと共にこの地域に入った混血のインディアン酋長ホームズに因むとする説もある。第一次セミノール戦争の1818年、アンドリュー・ジャクソンが派遣した襲撃隊によって、ホームズは殺された[3]。
ホームズ郡の郡庁所在地は過去3回変更された。初代はヒューエッツブラフ(ベアペンと改名)、続いてセロゴルド、ウェストビルと移り、最後は1905年から現在に続くボニフェイとなった。
- キースのキャビン、ピットマン
- ウェイツ邸宅、ボニフェイ市
地理
アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、郡域全面積は488.71平方マイル (1,265.8 km2)であり、このうち陸地482.45平方マイル (1,249.5 km2)、水域は6.26平方マイル (16.2 km2)で水域率は1.28%である[4]。
隣接する郡
- ジェニーバ郡 (アラバマ州) - 北
- ジャクソン郡 - 東
- ワシントン郡 - 南
- ウォルトン郡 - 西
| ジェニーバ郡 (アラバマ州) | ||||
| ウォルトン郡 | ジャクソン郡 | |||
| ワシントン郡 |
政治
人口動態
| 人口推移 | |||
|---|---|---|---|
| 年 | 人口 | %± | |
| 1850 | 1,205 | — | |
| 1860 | 1,386 | 15.0% | |
| 1870 | 1,572 | 13.4% | |
| 1880 | 2,170 | 38.0% | |
| 1890 | 4,336 | 99.8% | |
| 1900 | 7,762 | 79.0% | |
| 1910 | 11,557 | 48.9% | |
| 1920 | 12,850 | 11.2% | |
| 1930 | 12,924 | 0.6% | |
| 1940 | 15,447 | 19.5% | |
| 1950 | 13,988 | −9.4% | |
| 1960 | 10,844 | −22.5% | |
| 1970 | 10,720 | −1.1% | |
| 1980 | 14,723 | 37.3% | |
| 1990 | 15,778 | 7.2% | |
| 2000 | 18,564 | 17.7% | |
| 2010 | 19,927 | 7.3% | |
| [5][6][7] | |||
以下は2000年国勢調査による人口統計データである。
|
基礎データ
人種別人口構成
年齢別人口構成
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世帯と家族(対世帯数)
収入と家計 |
3人種の混血
一般に「ドミニッカー」と呼ばれる多くの人種間混血民(白人、黒人、ユチ族インディアンの混血)が、南北戦争後から20世紀に入るまで、ポンスデレオン付近の田園部に住んでおり、独自の教会や公立小学校があった。白人や黒人とは別の民族と見なされていたが、多くのドミニッカーが地元白人家庭と婚姻を結んだので、その境目は曖昧になった。その子孫の幾らかは今でもこの地域に住んでいる。1950年の国勢調査では郡内にこの集団に属する者が60人とされていた[8]。その出自についてはほとんど不明であり、記録も少ない。