ボラト (ジョチ家)

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ボラト・ハン(بولاد būlād、? - 1410年)は、バトゥ家断絶後のジョチ・ウルスハントカ・テムル系ノムカン王家の出で、先々代のハンテムル・クトルクの子にあたる。プーラード、プラドとも。

マングト部のエディゲによって推戴された傀儡ハンの一人。

ボラトはジョチの十三男トカ・テムルの末裔で、トカ・テムルの孫のノムカンを始祖とする「ノムカン家」の出身であった[1]。ノムカン家のテムル・ベクオロス・ハンの没後にオルダ・ウルスでハンに即位しており、テムル・ベクの子のテムル・クトルクの子がボラトとなる[2]

テムル・ベクはトクタミシュ・ハンに敗れて亡くなり、トクタミシュはジョチ・ウルスの再統一を達成するも、南方のティムールと対立して没落した[3]。トクタミシュの没落後に台頭してきたのがマングト部のエディゲで、エディゲはテムル・ベクと自身の妹の子であるテムル・クトルクを擁立し、バトゥ・ウルスの大部分を支配した[4]

テムル・クトルクの没後にエディゲはその従兄弟にあたるシャディ・ベクを擁立したが、シャディ・ベクはエディゲを排斥しようとしたために逆にエディゲによって殺されてしまった[5]。シャディ・ベクの死後にエディゲが擁立したがのがボラト・ハンであり、ヒジュラ暦812年(1409年-1410年)にティムール朝シャー・ルフの下に使者を派遣したことが記録されている[2]

しかし、その翌年のヒジュラ暦813年(1410年-1411年)に息子を残さず急逝してしまったため、ハン位は弟のテムル・ハンに移ることになった[2]

トカ・テムル系ノムカン王家

系図

脚注

参考文献

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