マシュー・ペリー (俳優)

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本名 Matthew Langford Perry
生年月日 (1969-08-19) 1969年8月19日
没年月日 (2023-10-28) 2023年10月28日(54歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 マサチューセッツ州ウィリアムズタウン
マシュー・ペリー
Matthew Perry
Matthew Perry
2013年
本名 Matthew Langford Perry
生年月日 (1969-08-19) 1969年8月19日
没年月日 (2023-10-28) 2023年10月28日(54歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 マサチューセッツ州ウィリアムズタウン
出身地 カナダの旗 オンタリオ州
死没地 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス郡
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 俳優
活動期間 1979年 - 2023年
主な作品
映画
愛さずにはいられない
隣のヒットマン』シリーズ
セブンティーン・アゲイン
テレビドラマ
フレンズ
受賞
全米映画俳優組合賞
アンサンブル賞 (コメディシリーズ)
1995年『フレンズ
その他の賞
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マシュー・ペリー(Matthew Perry, 1969年8月19日 - 2023年10月28日)は、アメリカ合衆国俳優マサチューセッツ州出身。本名︰マシュー・ラングフォード・ペリー(Matthew Langford Perry)。身長185cm

子供時代

ジャーナリストでピエール・トルドーの秘書でもあったカナダ人の母と、アメリカ人俳優のジョン・ベネット・ペリー英語版の間に生まれる[1][2]。カナダとアメリカの両方の市民権を持っている。彼が1歳の誕生日を迎える前に両親は離婚し、以後カナダのオンタリオ州で育つ。

学生時代はカナダのトップクラスのジュニアテニスプレーヤーで、プロを目指していたが、15歳の時、ロサンゼルスに住む俳優である父の元に引越したことがきっかけで、演技に興味を持ち始める。

俳優として

『セカンド・チャンス』宣材写真(1987年)

1987年のテレビシリーズ『Second Chance』でデビューし、1994年から放送が始まったテレビドラマ『フレンズ』で主人公の1人であるチャンドラー・ビング役を演じ有名になった。

2022年11月に回顧録を出版。『フレンズ』で役を得るに至った経緯や、アルコールやバイコディンなどの薬物への依存症と苦闘してきた人生について、その詳細を明らかにした。

薬物依存症などについて

アルコールを初めて飲んだのは14歳の時。鎮痛剤への依存はジェットスキーの事故(1997年)で負傷した際に処方されたのがきっかけ。2018年には、オピオイドの乱用で腸が破裂。昏睡状態が2週間続き、ECMOにつながれた。医師が家族に告げたところによると、その時点における生存確率は2%。その後9か月間は人工肛門と排泄用のバッグを使用。2020年に受けた手術の際にはプロポフォールを投与され、心臓が5分間停止。心肺蘇生法によって回復したが、肋骨を8本折る重傷を負った。依存症を断ち切るために費やした費用は少なく見積もっても700万ドル以上、断酒会への参加は約6000回、リハビリ施設には15回入り、精神病院にも入院。そして30年にわたり週2回のセラピーも受けていた。それでもなかなか断ち切れない依存症の恐ろしさについて、同じく薬物依存に苦しんだロバート・ダウニー・Jr.の次の言葉が自分にはよく分かると述べている。「(ドラッグへの依存は)口の中にショットガンを突っ込んで引き金に指を掛けてるようなものだ。その金属の味が堪らないんだ」[3]

死去

2023年10月28日ロサンゼルスの自宅のジャグジーで死去[4][5]54歳没

TMZの報道によると、マシューは同日の早朝に2時間のピックルボールをした後、助手を用事に送り出した。助手が2時間後に戻ると、マシューは既に意識不明の状態となっていたため、警察を呼んだ後に死亡が確認された。司法機関は自宅の浴槽での溺水のようであるとメディアに伝えた[5][6]

同年12月、死因は麻酔薬ケタミンの急性作用だったと発表された[7][8]

2024年8月15日、ケタミンの過剰摂取に関わったとして、ロサンゼルスの連邦地検は医師、ペリーの秘書、麻薬密売人ら5人を訴追した[9]。同年10月2日、起訴された2人の医師のうち1人が、他の患者の処方箋でケタミンを入手する不正行為を行ったことを認めた[10]

主な出演作

映画

テレビ

エピソード

脚注

外部リンク

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