マット・フリン

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ポジション クォーターバック
生年月日 (1985-06-20) 1985年6月20日(40歳)
身長: 6' 2" =約188cm
マット・フリン
Matt Flynn
基本情報
ポジション クォーターバック
生年月日 (1985-06-20) 1985年6月20日(40歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州タイラー
身長: 6' 2" =約188cm
体重: 225 lb =約102.1kg
経歴
大学 ルイジアナ州立大学
NFLドラフト 2008年 / 7巡目全体209位
初出場年 2008年
初出場チーム グリーンベイ・パッカーズ
所属歴
2008-2011 グリーンベイ・パッカーズ
2012 シアトル・シーホークス
2013 オークランド・レイダース
2013 バッファロー・ビルズ
2013-2014 グリーンベイ・パッカーズ
2015* ニューイングランド・ペイトリオッツ
2015* ニューヨーク・ジェッツ
2015 ニューオーリンズ・セインツ
*オフシーズンまたはプラクティス・スクワッドとしての所属のみ
受賞歴・記録
スーパーボウル制覇(1回)
第45回スーパーボウル
その他受賞・記録
1試合のチーム最多パス獲得ヤード (480ヤード)
1試合のチーム最多TDパス数(6TD)
NFL 通算成績
TD/INT 17/10
パス成功率 61.9%
パス獲得ヤード 2,475ヤード
QB レーティング 88.3
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Player stats at PFR ウィキデータを編集

マット・フリンMatthew Clayton Flynn , 1985年6月20日 - )は、テキサス州タイラー出身の元アメリカンフットボール選手。現役時代のポジションはクォーターバック(QB)。

プロ入りまで

テキサス州タイラーで生まれ育った。彼の父親は1960年代ベイラー大学でQBを務めた[1]。母親はダンスチームの振付師であった。

高校時代はジャスティン・ウォレンブランドン・ペティグルーシロン・ブラックとチームメートだった。彼はドリュー・テイトと共にテキサス州を代表するQBであった[1]

2001年にパス199回中101回成功、1,650ヤード、13TD、9INTの成績を残した。最終学年の2002年にはパス206回中124回成功で1,679ヤードを獲得、9TDをあげた。ランでも305ヤードを走り12TDをあげた[2]ルイジアナ州立大学テネシー大学テキサス工科大学テキサス農工大学からリクルーティングを受けた彼は、ルイジアナ州立大学へ進学した。

2003年をレッドシャツで過ごした後、2004年にマーカス・ランドールジャマーカス・ラッセルに次ぐ第3QBとなった。この年、FGの際のホールダーを務めた。12試合に出場したが、QBとしての出場は3試合のみであった。ミシシッピ州立大学英語版戦でゼイビア・カーターへの67ヤードのTDパスを成功させた。同年のアイオワ大学とのキャピタルワンボウル英語版にも出場したが、パス4回中1回成功、11ヤードに終わり[2]、チームは25-30で敗れた。この年の成績は、パス10回中4回成功、99ヤード、1TDであった[2]

2005年、ジャマーカス・ラッセルとエースQBの座を争った。この争いはラッセルに軍配が上がり、フリンは控えQBとなった。この年彼は7試合にQBとして出場し、パス48回中27回成功、457ヤード、7TD、1INTの成績を残した。北テキサス大学戦ではパス7本全てを成功、139ヤードを獲得、第4Qだけで3TDをあげた。この年のジョージア大学とのサウスイースタン・カンファレンス選手権では先発したラッセルが負傷退場し、フリンは交代出場した。その後、マイアミ大学とのピーチボウルに先発出場、チームは40-3で勝利した[2]

2006年もラッセルの控えを務め7試合に出場、パス20回中12回成功、133ヤードを獲得、2TD、1INTの成績を残した。この年あげた2TDパスは、いずれも49-0で勝利したケンタッキー大学戦であった[2]

ラッセルがNFL入りした2007年、フリンはようやくエースQBとなった。彼は負傷のため欠場したカンファレンス選手権を除き、全試合で先発出場し、2,407ヤードを獲得、21TD、11INTの成績を残した。またランで215ヤードを走り4TDをあげた。10月20日のオーバーン大学戦では試合時間残り1秒に、デミトリアス・バードへのTDパスを成功させ、チームは30-24で勝利した。アラバマ大学戦ではオーバータイムの末、勝利した。ルイジアナ工科大学英語版に勝利した後、オハイオ州立大学に敗れたが、ミシシッピ大学に勝利した後、最終週にアーカンソー大学に敗れた。フリンが欠場したもののカンファレンス選手権でチームは、テネシー大学とのカンファレンス選手権に勝利した。

翌年1月7日にニューオーリンズで行われたオハイオ州立大学とのBCSナショナル・チャンピオンシップ・ゲームでフリンはパス27回中19回成功、4TDの活躍を見せて、チームは38-24で勝利、彼はオフェンスのMVPに選ばれた。またチームは全米ランク1位となった。

NFL

2008年NFLドラフト7巡目でパッカーズに指名されたフリンは、同年6月23日にパッカーズと4年契約を結んだ。そして、同年ドラフト2巡で指名されたブライアン・ブロームとの控えQB争いに勝ち、アーロン・ロジャースの控えとなった[3]。当初ブロームの方が大柄で、強肩、足も速いことから高く評価されていた[4]

2010年12月19日のニューイングランド・ペイトリオッツ戦で初先発、ジョン・クーンジェームズ・ジョーンズグレッグ・ジェニングスへのTDパスを通したが、後半カイル・アリントンにインターセプトリターンTDを決められた。その後敵陣15ヤード地点まで攻め込んだが、最後は相手ディフェンスにサックされ、チームは27-31で敗れた。この試合で彼はパス37回中23回成功、254ヤードを獲得した。

2012年の1月1日に行われた最終週のデトロイト・ライオンズ戦で先発したフリンは、パスで480yd、6TDを決め45-41でチームを勝利へと導いた。なお、このときの獲得ヤードとTD数はパッカーズのチーム記録となっている[5]

2012年3月18日、シアトル・シーホークスと3年2050万ドル(900万ドルの保証)で契約を結んだ[6]タバリス・ジャクソン、とこの年のドラフト3巡で指名されたラッセル・ウィルソンと先発QBの座を争ったが、ウィルソンに敗れた[7]

2013年4月2日、2014年のドラフト5巡指名権、及び2015年の順位未定のドラフト指名権との交換で、オークランド・レイダースにトレードされた[8]。2013年の年俸保証額が650万ドルと高額な彼は[9]同年のドラフト4巡指名のタイラー・ウィルソン英語版、2011年ドラフト3巡指名のテレル・プライアーと先発の座を争った[10]。プレシーズン第3週のシカゴ・ベアーズ戦でパス6回中3回成功、2インターセプトを喫した[11]。開幕先発QBにはプライアーが選ばれた。

第3週のデンバー・ブロンコス戦でプライアーが脳震盪を起こしたため、交代出場、パス2回中1回成功、19ヤードを獲得した。第4週のワシントン・レッドスキンズ戦で先発し、パス32回中21回成功、227ヤードを獲得、1TD、1INTの成績であった。この試合レイダースは第2Q以降無得点に終わり、オフェンスのタッチダウンは1回のみであった。数日後、デニス・アレンヘッドコーチは、プライアー、ドラフト外入団のマット・マグロインに次ぐ第3QBにフリンを降格したことを発表した[12]。10月7日、レイダースはフリンを解雇した[13]

10月14日、エースQBのE・J・マニュエルがひざの負傷で6週間から8週間戦列を離れ、控えQBのタデアス・ルイスシンシナティ・ベンガルズ戦で負傷したバッファロー・ビルズと契約を結んだ[14]。ビルズでは出場機会のないまま、ルイスとマニュエルの復帰に伴い、11月4日に解雇された。

11月12日、エースQBのアーロン・ロジャースと控えQBのセネカ・ウォレスが負傷したグリーンベイ・パッカーズに復帰、スコット・トルジーンの控えQBとなった[15]。11月24日のミネソタ・バイキングス戦で、パッカーズが7-20とリードされた後半から出場し、パス36回中21回成功、1TDをあげて、試合を23-23のオーバータイムに持ち込んだ。パッカーズが先にFGを成功させたが、バイキングスもFGを成功させ、試合は26-26の引き分けとなった[16]。11月28日のサンクスギビングデーに行われたデトロイト・ライオンズ戦で先発したが、パス20回中10回成功、139ヤード、1インターセプト、2ファンブルに終り、チームは10-40で敗れた[17]。パッカーズは、この試合で7回のターンオーバーを喫した[18]。パッカーズに復帰後、3戦目の先発となったダラス・カウボーイズ戦では、パス39回中26回成功、299ヤード、4TDをあげて、一時23点差でリードされた試合をひっくり返した[19]

関連項目

脚注

外部リンク

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