シアトル・シーホークス

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創設1974年6月4日 (51年前) (1974-06-04)
シアトル・シーホークス
Seattle Seahawks
創設 1974年6月4日 (51年前) (1974-06-04)
NFL参入 1976年シーズン
所属地区
チームデザイン
チームロゴ

シーホークの頭部
チームカラー
  カレッジネイビー
  アクショングリーン
  ウォルフグレー
ユニフォーム
チーム名
  • シアトル・シーホークス(1976-現在)
ホームタウン
1976-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1976-現在
1976-現在

ワシントン州シアトル(1976-現在)

ルーメン・フィールド
 センチュリーリンク・フィールド
 クエスト・フィールド
 シーホークス・スタジアム
(2002-現在)
ハスキー・スタジアム(2000-2001)
キングドーム(1976-1999)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル・チャンピオン (2回)
カンファレンス・チャンピオン (4回)
NFC
地区優勝 (12回)
AFC西地区
NFC西地区
ワイルドカード(9回)
プレーオフ進出(21/50回)
球団組織
オーナージョディ・アレン
GMジョン・シュナイダー
ヘッドコーチマイク・マクドナルド

シアトル・シーホークス英語: Seattle Seahawks、略称: SEA)は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルに本拠地をおくNFLチーム。NFC西地区に所属している。

2002年のリーグ再編に際しAFC西地区からNFC西地区に移動した。現時点でAFCチャンピオンシップゲームNFCチャンピオンシップゲームに出場した唯一のチーム。スーパーボウルに4度出場し、第48回スーパーボウル第60回スーパーボウルに勝利している。第49回スーパーボウルには2年連続出場したが、第48回に続く連覇はならなかった。ホームスタジアムは、ルーメン・フィールド。本部と練習場は、シアトル南東部レントンのバージニア・メイソン・アスレチック・センターに位置している。

チーム設立から1980年代まで

1972年6月15日、シアトルにNFLエクスパンションチームを誘致するための組織が発足、2年後の1974年6月4日、28チーム目として設立が決定[1]、同年12月5日、NFLのコミッショナー、ピート・ロゼールによってシアトルがエクスパンションチームのフランチャイズとなったことが発表された。翌1975年3月5日、ジョン・トンプソンゼネラルマネージャーになった。6月17日に、公募されていたチームの愛称(20000人以上から1700を超える名称が寄せられた。)がシーホークスに決まった。トンプソンはミネソタ・バイキングスのアシスタントコーチであったジャック・パテラを初代ヘッドコーチに起用した。

1976年3月30日、31日に同じエクスパンションチームであるタンパベイ・バッカニアーズと共に他の26球団にプロテクトされなかった選手を獲得後、ドラフトでは全体2位でDTのスティーブ・ニーハウス[注 1]を指名した。同じ年オープンしたキングドームで1976年8月1日に行われたサンフランシスコ・フォーティナイナーズとの試合がチーム初の試合となった。

シーホークスは、AFCとNFCの間を2度にわたり行き来した唯一のチームである。1976年はNFC西地区に属したが、1シーズン終了後、バッカニアーズと入れ替わりAFC西地区に属するようになった。これはNFLの元々のプランであり、こうすることですべての他球団との試合が組まれた。2002年ヒューストン・テキサンズが32チーム目のフランチャイズとして加入したときに、各地区ごとのチーム数を4で統一させる際にNFC西地区に属するようになった。これによってAFC西地区に残った4チーム、デンバー・ブロンコスカンザスシティ・チーフスオークランド・レイダースサンディエゴ・チャージャーズはいずれもアメリカン・フットボール・リーグ(AFL)からNFLに加入したチームとなった。 これまでにAFC西地区で1988年1999年、NFC西地区で2004年から2007年まで4年連続地区優勝を果たした。1983年シーズンにAFCチャンピオンシップゲームまで進出、2005年には1984年シーズンから2004年シーズンまで、長い間勝てなかったプレーオフで勝ち星をあげてNFCチャンピオンシップゲームにも勝利し、第40回スーパーボウルに出場した。

1976年8月26日、シーホークスは、翌年のドラフト8巡目指名権と引き換えにWRスティーブ・ラージェントを獲得した。同年10月17日にタンパベイ・バッカニアーズを破り初勝利をあげ、11月7日のアトランタ・ファルコンズ戦で地元での初勝利をあげた。この年は2勝12敗に終わったがQBジム・ゾーンとラージェントのプレイは注目されファンは足を運んだ。1977年1月17日にキングドームでプロボウルが行われ63214人の観衆が訪れた。この大会はプロボウル史上初のソールドアウトとなった。1977年のドラフトでは、ダラス・カウボーイズに1巡目指名権を譲り、代わりにカウボーイズの1巡目指名権と3つのドラフト2巡目指名権を獲得した。この時カウボーイズに譲られた指名権で、RBトニー・ドーセットが指名された。

1977年シーズン開幕から4連敗した後、地元にバッカニアーズを迎え30-23で勝利をあげると、その2週間後の10月30日のバッファロー・ビルズ戦では負傷して4試合欠場していたゾーンが復帰し4タッチダウンをあげる活躍を見せてチームは56-17で勝利した。2シーズン目の1977年は5勝9敗で終えた。

1978年シーズン9勝7敗と初めて勝ち越しでシーズンを終え、ラージェントはNFL2位の1168ヤードを獲得した。ジャック・パテラはNFLのコーチ・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、ゾーンもAFCのプレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選出された。またオークランド・レイダースから1965年以来シーズン2勝をあげた初の対戦相手となった。

1979年10月29日にマンデーナイトフットボールに初出場した。アトランタ・ファルコンズに0-14とリードされたがその後31-28と逆転勝利をおさめたが、翌週のロサンゼルス・ラムズ戦ではNFLワースト記録となるオフェンス獲得ヤードがマイナス7ヤードに終わり、0-24で完封負けを喫した。続く6試合で5勝をあげて9勝7敗でシーズンを終えた。

1980年、4勝3敗の後、9連敗で4勝12敗に終わると翌1981年のドラフト1巡目でUCLAのセイフティ、ケニー・イーズリーを獲得した。1981年シーズン最初の6試合で5敗したが6勝10敗で終えた。スティーブ・ラージェントはレシーブで1224ヤードを獲得、12月6日のニューヨーク・ジェッツ戦でゾーンが負傷したため、先発で初出場したQBデイブ・クレイグが26本中20本のパスを成功させ、27-23で勝利をあげた。

ストライキで短縮された1982年、シーズン開幕から2連敗したところでパテラは解任されてマイク・マコーマックが後任に就任した。チームは4勝5敗でシーズンを終えた。

1981年から7年間在籍し、NFLでもトップレベルのディフェンス力を誇ったケニー・イーズリー

1983年開幕前にチャック・ノックスがヘッドコーチに就任した[1]。6勝6敗でプレーオフ争いをしていたチームは残り4試合で3勝をあげ、初のプレーオフ出場を果たした[1]。ワイルドカードプレーオフでルーキーQBのジョン・エルウェイ率いるデンバー・ブロンコスを31-7で破り、マイアミ・オレンジボウルで行われた同じくルーキーQBのダン・マリーノに率いられたマイアミ・ドルフィンズを27-20で破り、AFCチャンピオンシップゲームに進出したが、ロサンゼルス・レイダースに14-30と敗れスーパーボウル進出はならなかった。この年、RBカート・ワーナーが、1449ヤードを走り14タッチダウンをあげてAFCルーキー・オブ・ザ・イヤーに、ノックスはAFCコーチ・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。

1984年クリーブランド・ブラウンズとの開幕戦で33-0と勝利をおさめたが、ワーナーがシーズン絶望となるひざの負傷をしてしまった。ワーナーを欠いたチームは、"グラウンド・チャック"と呼ばれたオフェンスから、デイブ・クレイグに率いられた"エア・ノックス"と呼ばれるオフェンスにスタイルを変えた。8連勝を含み12勝4敗でシーズンを終えた。第9週のサンディエゴ・チャージャーズとのマンデーナイトフットボールではスティーブ・ラージェントが3TDをあげた[2]。ディフェンスは相手チームを3回完封しており、第10週のカンザスシティ・チーフス戦ではインターセプトリターンでの4タッチダウンをあげるなど45-0で勝利した。シーズン終盤に連敗し地区優勝は逃したが、レイダースに13-7と勝利し、ディビジョナルプレーオフでドルフィンズに10-31で敗れた。ノックスはこの年もコーチ・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。

1985年は連勝しては連敗する繰り返しで8勝8敗に終わった。この年クレイグは3602ヤードをパスで獲得した。

1986年は5勝2敗から4連敗したが、その後5連勝で10勝6敗でシーズンを終えた。10勝6敗でその年の第21回スーパーボウルに出場を果たしたデンバー・ブロンコスニューヨーク・ジャイアンツに勝利したもののプレーオフ進出を逃した。

1987年、サプルメンタルドラフトの全体1位で1985年、1986年と2年連続ディック・バトカス賞に選ばれたLBブライアン・ボズワースを獲得した。この年チームは9勝6敗でプレーオフに進出、プレーオフ初戦でヒューストン・オイラーズにオーバータイムの末20-23で敗れた。

1988年、チームオーナーのノードストラム家からケン・ベーリングにチームが売却された。11月28日のロサンゼルス・レイダースとのマンデーナイトフットボールでデイブ・クレイグは、MNF記録となる5TDパスを投げた[3]。9勝7敗でAFC西地区初優勝を果たしたがプレーオフ初戦でシンシナティ・ベンガルズに13-21で敗れた。1989年、ベーリングはオークランド・レイダースの元ヘッドコーチ、トム・フローレスを球団社長兼ゼネラルマネージャーに起用した。

1990年代から2001年まで

1990年11月11日のカンザスシティ・チーフス戦で、デイブ・クレイグはデリック・トーマス1人に7サックされたが、試合終了直前、8回目のサック寸前にポール・スカンジへのTDパスを決めて、17-16で勝利した[4]

1991年シーズン、7勝9敗に終わるとノックスヘッドコーチは辞任して、ロサンゼルス・ラムズのヘッドコーチに返り咲いた。トム・フローレスがヘッドコーチも行うことになった。1992年には長年先発QBを務めたデイブ・クレイグに代わり3人のQB(ダン・マグワイアスタン・ゲルボウケリー・ストーファ)が起用されたがチームワーストの2勝14敗に終わり唯一の明るい材料はDTコーテス・ケネディがディフェンス・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことぐらいであった。

1993年のドラフト1巡目全体2番目でノートルダム大学のQB、リック・マイアーを獲得、彼はジェローム・ベティスと共にオフェンシブ・ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。しかしマイアーはその後3シーズン精彩を欠き、ベンチを暖めることが多くなり、1996年にシカゴ・ベアーズに放出された。

1994年キングドームの天井からタイルが落下する事故があったため、プレシーズンゲーム及びホームでの3試合を、ワシントン大学ハスキーズのホームスタジアムであるハスキー・スタジアムを間借りして行なった。チームは6勝10敗に終わり、デビッド・ベーリングはフローレスをすべての役職から解任、マイアミ大学のヘッドコーチ、デニス・エリクソンが新ヘッドコーチとなった。

1996年、オーナー(当時)ケン・ベーリングは、チームをロサンゼルスに移転させ、アナハイム・スタジアムを本拠地としたい意向を公表した。移転するための理由として地震による危険性などがあげられたが、地震学者によってロサンゼルスの方がより危険性が高いことが明かされ、また2005年まではキングドームでプレーする必要があることが弁護士によってわかると、ベーリングはチームの売却を決意、新スタジアムの建設がされることを条件にマイクロソフトの共同創業者であるポール・アレンがチームを購入する意向を示した。 ワシントン州での住民投票の結果、新スタジアムの建設に同意がなされ、チームはアレンに売却された。NBAポートランド・トレイルブレイザーズシアトル・スーパーソニックスでゼネラルマネージャーを務めたことのあるボブ・ウィットシットが球団社長になった。チームはチャド・ブラウンウォーレン・ムーンリッキー・ワターズら大物選手を獲得したが、1997年1998年と2年連続8勝8敗の勝率5割に終わり、1998年シーズン終了と共にエリクソンコーチは解任された。この期間のニューヨーク・ジェッツ戦における相手QBのビニー・テスタバーディの"ファントムタッチダウン(Phantom Touchdown)"によって31-32でシーホークスが敗れた試合は、NFLによって誤審であったことが認められ、これをきっかけとしてNFLは翌シーズンからインスタントリプレイの再導入を行うことを発表した。

1999年、チームは、グリーンベイ・パッカーズヘッドコーチとしてスーパーボウルを制したことのあるマイク・ホルムグレンを新ヘッドコーチとして迎えた。この年のマンデーナイトフットボールのパッカーズ戦では24-7と勝利した。8勝2敗と好スタートを切ったが、最後の6試合中5試合に敗れ、キングドームでの最後の試合となったワイルドカードプレーオフでマイアミ・ドルフィンズに17-20と敗れた。この試合はダン・マリーノのキャリア唯一のロードでのプレーオフ勝利であった。

2000年と2001年シーズンは、キングドームの跡地に建設される新スタジアムが完成するまでの暫定措置として、1994年に使用したハスキー・スタジアムを本拠地とした。2000年のドラフトでショーン・アレキサンダーを獲得した。チームは6勝10敗に終わった。オフシーズンにホルムグレンはパッカーズの控えQBだったマット・ハッセルベックを獲得し、2001年シーズン先発QBに起用したが5勝7敗となり、前年にボルチモア・レイブンズ第35回スーパーボウル優勝メンバーとなったトレント・ディルファーを先発QBとし、9勝7敗でわずかの差でプレーオフ出場を逃した。

2002年から2011年まで(NFCに移籍)

2002年ヒューストン・テキサンズがエクスパンションチームとして加入する際、チームはAFC西地区からNFC西地区に移ることになった。また、このシーズンより、新たにオープンしたシーホークス・スタジアムを使用している。ダラス・カウボーイズセントルイス・ラムズより西に位置していたがワシントン・レッドスキンズとのライバル争いを考慮してNFC東地区にとどまった。この年のシーズン、ディルファーが第7週に負傷し、その後ハッセルベックが先発した。チームは最後の3試合をすべて勝ったが7勝9敗にとどまった。

2003年シーズンを前にホルムグレンはヘッドコーチに専念することになり、兼任していたゼネラルマネージャー職を放棄する決断をした。ホルムグレンがパッカーズを離れた理由にロン・ウルフGMの影響力があったこともあり、彼にとって厳しい決断であった。チームはホームで8戦全勝し、10勝6敗でプレーオフに出場、ランボー・フィールドで行われたパッカーズ戦ではオーバータイムの末、アル・ハリスのインターセプトタッチダウンで敗れた。

2004年、チームはスポーツ・イラストレイテッド第39回スーパーボウル出場有力チームとして取り上げられるなど期待された。開幕3連勝で迎えたセントルイス・ラムズ戦で第4Q途中まで27-10とリードしていたがそこから2タッチダウン、1FGで同点とされ、オーバータイムの末敗れた。残り12試合を6勝6敗とした。シーズン最終戦のアトランタ・ファルコンズ戦に勝利して9勝7敗で地区優勝を果たしたがホルムグレンとRBアレクサンダーの間に不和がおこり、シーズン最終戦アレクサンダーはサイドラインにとどめられ、ニューイングランド・ペイトリオッツカーティス・マーティンに破れ、シーズンリーディングラッシャーの地位を得ることができなかった。クエスト・フィールドで行われた初のプレーオフゲームとなった、この年2敗を喫した同地区ライバルのラムズ戦では20-27と敗れた。

第40回スーパーボウルにも出場したシーホークスの2000年代を代表するQBのマット・ハッセルベック

2005年、NFCトップの13勝3敗の成績を残し、プレーオフのホームアドバンテージを得ると、プレーオフではワシントン・レッドスキンズカロライナ・パンサーズを破り、第40回スーパーボウルまで勝ち上がった。翌2006年2月5日にミシガン州デトロイトで行われたスーパーボウルではピッツバーグ・スティーラーズと対戦、オフェンス獲得ヤードでは396ヤード対339ヤードとリードしたが、スティーラーズが3回のビッグプレイをタッチダウンに結びつけた。一方シーホークスは敵陣深く攻め込んだものの、厳しいペナルティのコール、パスミス、インターセプトなどで効果的に得点をあげられず、10-21で敗れた。

2006年、9勝7敗で3年連続の地区優勝を果たした。プレーオフのダラス・カウボーイズ戦では、相手QBのトニー・ロモからパスを受けたテリー・グレンをエンドゾーンでつぶしてセイフティを奪い、その後ハッセルベックの37ヤードのタッチダウンパスで21-20と逆転勝利をおさめた。ディビジョナルプレーオフではシカゴ・ベアーズと対戦しオーバータイムの末、24-27と敗れた。

2007年、10勝6敗で4年連続の地区優勝を果たした。プレーオフではワシントン・レッドスキンズを35-14で破った後、グリーンベイ・パッカーズに20-42で敗れた。

2008年、怪我により成績の低下したショーン・アレキサンダーを解雇、カウボーイズよりジュリアス・ジョーンズデトロイト・ライオンズからT・J・ダケットを獲得したが、キッカーのジョシュ・ブラウンをセントルイス・ラムズに奪われた。10シーズン目となったホルムグレンがヘッドコーチを勇退し、ディフェンスバックコーチのジム・L・モーラニューオーリンズ・セインツインディアナポリス・コルツのヘッドコーチを務めたジム・E・モーラの息子)が、シーズン終了後にヘッドコーチとなることが発表された。

このシーズンは怪我人が続出し、ディオン・ブランチボビー・イングラムは最初の3試合を欠場、ネイト・バールソンは開幕戦でシーズン絶望の怪我を負った。QBのハッセルベックも背中を痛め9試合を欠場した。シーズン後半にチームは6連敗を喫したが、最後の3試合中2試合に勝利、ホルムグレンヘッドコーチが指揮するクエスト・フィールドでの最後のホームゲームとなったニューヨーク・ジェッツ戦も、13-3と勝利した。最終的にチームは4勝12敗に終わり、1992年以来最悪の成績に終わった。

2009年ジム・L・モーラがヘッドコーチとなったが、5勝11敗に終わり、2010年USC(南カリフォルニア大学)ヘッドコーチのピート・キャロルが新ヘッドコーチとなった。

ピート・キャロルの時代

2010年シーズンは、7勝9敗でラムズと同率首位ながら、地区内対戦成績のアドバンテージによる地区優勝を決めた。「負け越し」で地区優勝はNFL史上初の出来事であった[5]。ワイルドカードプレーオフではマーショーン・リンチの活躍などでニューオーリンズ・セインツを破ったが、ディビジョナルプレーオフでシカゴ・ベアーズに敗れた。

2011年、マット・ハッセルベックがテネシー・タイタンズへ移籍し、ミネソタ・バイキングスからQBタバリス・ジャクソン、WRシドニー・ライスを獲得した。

2012年、オフシーズンにグリーンベイ・パッカーズの控えQB、マット・フリンを獲得、当初ジャクソンとフリンによる先発QBが期待されていたが、開幕先発QBには、ドラフト3巡で指名されたラッセル・ウィルソンが選ばれた。ワイルドカードでプレーオフ進出を果たしたが、ディビジョナルプレーオフで敗退した。

第48回スーパーボウル優勝祝賀会に参加するマーショーン・リンチ(左)とラッセル・ウィルソン(2014年)

2013年は開幕から攻守ともに好調を維持し、ホームのファンも、一時はギネス世界記録に認定されるほどの轟音クラウドノイズを相手攻撃陣に浴びせかけてサポートした[6][7]。球団記録となる13勝3敗で地区優勝を決めると[8]、プレーオフも勝ち進み、第48回スーパーボウルへの進出を決めた。対戦相手となったデンバー・ブロンコスはレギュラーシーズン13勝3敗でAFC西地区優勝、QBペイトン・マニングは5,477ヤード、55タッチダウンという記録的なシーズンであったが、シーホークスが序盤から優位に試合を進め、43–8という大差で球団史上初のスーパーボウル優勝を果たした[9]

2014年は序盤に3勝3敗と出遅れたが、マーショーン・リンチラッセル・ウィルソンリチャード・シャーマン、カム・チャンセラー、アール・トーマスらの活躍でシーズン終盤を6連勝で12勝4敗で地区優勝し、プレーオフのホームフィールドアドバンテージを得て出場。NFCチャンピオンシップゲームでは、グリーンベイ・パッカーズに前半は0-16、第4Q残り4分から2TDをあげて延長に持ち込み、ジャーメイン・カースへのTDパスで逆転勝利を収め、2年連続のスーパーボウル出場を果たした。第49回スーパーボウルではニューイングランド・ペイトリオッツに28-24で敗れ、2年連続優勝はならなかった。

2015年は、リンチやニューオーリンズ・セインツから獲得したTEジミー・グラハムの欠場に見舞われたが[10][11]、ワイルドカード6位でプレーオフに進出[12]。ディビジョナルプレーオフでカロライナ・パンサーズに敗れた[13]

2016年は地区優勝でプレーオフに進出したが、ディビジョナルプレーオフでアトランタ・ファルコンズに敗れた。

2017年はプレーオフ進出を逃した。

2018年10月、オーナーのポール・アレンが死去した。ワイルドカードでプレーオフに進出したが初戦で敗れた。

2019年はプレーオフ進出を決めたものの複数のランニングバックを怪我で失い、最終週には引退していたマーショーン・リンチと契約した。この年、レギュラーシーズンは12試合が8点差以内と接戦が多かった。特にシード1位となったサンフランシスコ・フォーティーナイナーズとは二試合とも5点差以内の接戦となり、最終戦でフォーティーナイナーズに敗れて地区優勝は逃したものの、第5シードのワイルドカードでプレーオフに進んだ。プレーオフ初戦では東地区一位のフィラデルフィア・イーグルスを8点差で破ったが、二戦目では第2シードのグリーンベイ・パッカーズに5点差で敗れた。

2020年シーズン新型コロナウイルス感染症の流行により無観客で全試合を開催した。開幕からフランチャイズベストとなる5連勝を挙げ、2014年のスーパーボウルシーズン以来となる12勝(4敗)で4年ぶりに西地区優勝を飾った。しかし、翌週のプレーオフ初戦のラムズ戦では30-20で敗れた。

2021年シーズンは開幕前からQBラッセル・ウィルソンのトレードが噂されるも、実現しないままにシーズン開始となった。ウィルソンは第5週のラムズ戦で指を負傷し、以後の3試合を欠場した。ウィルソンの復帰戦となった第10週のパッカーズ戦では、ウィルソン時代で初の完封負けを喫した。最終的に7勝10敗でシーズンを終え、2000年以来初めて地区最下位となった。

2022年3月、2022年のドラフトの1位、2位、5位指名権、そして2023年のドラフトの1位、2位指名権、さらに3選手と引き換えに、ラッセル・ウィルソンと4位指名権1個をデンバー・ブロンコスへトレードした[14]。後述するように、ここで得たドラフト指名権が2025年スーパーボウル制覇に大きく役立つことになる。

2022年シーズンはウィルソンの後継としてベテランのジーノ・スミスを先発QBに固定した。地区優勝は逃したものの、9勝8敗で第7シードのワイルドカードでプレーオフに進出した。ワイルドカードラウンドでは、レギュラーシーズンで2敗した相手サンフランシスコ・フォーティナイナーズに敗れた。

2023年シーズンは、最終週までプレーオフの可能性を残しながらも逃し、9勝8敗で終えた。2023年1月10日、キャロルはHC職を辞し、チームのアドバイザーとなることが発表された[15]。後任にはボルティモア・レイブンズのDCであったマイク・マクドナルドが就任した[16]

マイク・マクドナルドの時代

2024年シーズンは、10勝を挙げながらも地区2位でレギュラーシーズンを終え、プレーオフ進出はならなかった。

2025年シーズンは、QBジーノ・スミスをラスベガス・レイダースへトレードし、代わりにこの年複数年の契約を結んだサム・ダーノルドを先発QBとして勝ち進んだ。NFC西地区サンフランシスコロサンゼルスと共に3チームが優勝を争う混戦となり、11勝で首位に並んだ第16週のロサンゼルス戦では、終盤から延長にかけて3連続の2ポイントコンバージョンを決めて逆転勝利し、プレーオフ進出を果たした。その後最終戦でサンフランシスコにも勝利し地区優勝およびNFCシード権1位を決めた。プレーオフでは、ディビジョナル・プレーオフでシーズン3度目の対戦となったサンフランシスコに勝利、NFCチャンピオンシップゲームでも3度目の対戦のロサンゼルスに勝利し、スーパーボウル進出を決めた。なおこの年のNFC西地区は、3チームが12勝以上を挙げディビジョナルラウンドにも進出するという史上稀にみる激戦であった[17]。スーパーボウルではニューイングランド・ペイトリオッツをディフェンスで圧倒し破った。2022年にラッセル・ウィルソンと引き換えに得た2シーズンに渡る多数の上位ドラフト指名権からは、5年目オプションを行使するほどチームに重要な選手を3人、さらにはスーパーボウルMVPケネス・ウォーカー3世を輩出することになった。だがシーズン後、5年目オプションを行使されなかったウォーカーはカンザスシティ・チーフスに去った。2026年2月18日、前オーナーであるポール・アレンの遺言に従い、チーム売却の手続きが始められた[18]

記録

2010年シーズン、シーホークスはNFC西地区で地区優勝を果たしたが、これは「NFL史上初となる負け越しでのプレーオフ進出」となった(7勝9敗、勝率.438)。これは同地区の全チームが負け越した結果による。プレーオフでは、初戦(2011年1月8日)のワイルドカードラウンドでは、前年のスーパーボウル王者のニューオーリンズ・セインツ(シーズン11勝5敗)に41-36で勝利し、「負け越しでプレーオフに進出したチームの初のプレーオフ勝利」も達成した。しかし、次戦(1月16日)のNFC北地区優勝チームのシカゴ・ベアーズ(シーズン11勝5敗)には24-35で敗れた。

2026年シーズン

シーホークス の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
2025 第60回スーパーボウル制覇1位優勝1430.8244-29-3.498.47128.417.2
2024 レギュラーシーズン敗退8位2位1070.5884-26-6.498.42422.121.6
2023 レギュラーシーズン敗退8位3位980.5292-47-5.512.39221.423.6
2022 ワイルドカード敗退7位2位980.5294-26-6.462.38223.923.6
2021 レギュラーシーズン敗退11位4位7100.4123-34-8.519.42423.221.5
2020 ワイルドカード敗退3位優勝1240.7504-29-3.447.40428.723.2
2019 ディビジョナル敗退5位2位1150.6883-38-4.531.46325.324.9
2018 ワイルドカード敗退5位2位1060.6253-38-4.484.40026.821.7
2017 レギュラーシーズン敗退8位2位970.5624-27-5.492.44422.920.8
2016 ディビジョナル敗退3位優勝1051.6563-2-16-5-1.441.42522.118.2
2015 ディビジョナル敗退6位2位1060.6253-37-5.520.43126.417.3
2026年シーズンのシーホークスの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 ブロンコス ジャガーズ スティーラーズ ペイトリオッツ シーホークス パンサーズ ベアーズ イーグルス
2位 チャージャーズ テキサンズ レイブンズ ビルズ ラムズ バッカニアーズ パッカーズ カウボーイズ
3位 チーフス コルツ ベンガルズ ドルフィンズ 49ers ファルコンズ バイキングス コマンダース
4位 レイダース タイタンズ ブラウンズ ジェッツ カージナルス セインツ ライオンズ ジャイアンツ

 :1度対戦  :2度対戦

シアトル・シーホークス 2025
米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考
19/7(日)9/8(月)サンフランシスコ・49ers13-170-1ルーメン・フィールドR
29/14(日)9/15(月)@ピッツバーグ・スティーラーズ31-171-1アクリシュア・スタジアムR
39/21(日)9/22(月)ニューオーリンズ・セインツ44-132-1ルーメン・フィールドR
49/25(木)9/26(金)@アリゾナ・カージナルス23-203-1ステートファーム・スタジアムR
510/5(日)10/6(月)タンパベイ・バッカニアーズ35-383-2ルーメン・フィールドR
610/12(日)10/13(月)@ジャクソンビル・ジャガーズ20-124-2エバーバンク・スタジアムR
710/20(月)10/21(火)ヒューストン・テキサンズ27-195-2ルーメン・フィールドR
8Bye Week
911/2(日)11/3(月)@ワシントン・コマンダース38-146-2ノースウェスト・スタジアムR
1011/9(日)11/10(月)アリゾナ・カージナルス44-227-2ルーメン・フィールドR
1111/16(日)11/17(月)@ロサンゼルス・ラムズ19-217-3SoFiスタジアムR
1211/23(日)11/24(月)@テネシー・タイタンズ30-248-3ニッサン・スタジアムR
1311/30(日)12/1(月)ミネソタ・バイキングス26-09-3ルーメン・フィールドR
1412/7(日)12/8(月)@アトランタ・ファルコンズ37-910-3メルセデス・ベンツ・スタジアムR
1512/14(日)12/15(月)インディアナポリス・コルツ18-1611-3ルーメン・フィールドR
1612/18(木)12/19(金)ロサンゼルス・ラムズ38(OT)3712-3ルーメン・フィールドR
1712/28(日)12/29(月)@カロライナ・パンサーズ27-1013-3バンク・オブ・アメリカ・スタジアムR
181/3(土)1/4(日)@サンフランシスコ・49ers13-314-3リーバイス・スタジアムR
ポストシーズン(第1シード)
WCシードにより免除
DP1/17(土)1/18(日)(6)サンフランシスコ・49ers41-61-0ルーメン・フィールドR
CC1/25(日)1/26(月)(5)ロサンゼルス・ラムズ31-272-0ルーメン・フィールドR
SB2/8(日)2/9(月)(2)@ ニューイングランド・ペイトリオッツ2-0リーバイス・スタジアム
NFC西地区 2025
チーム勝率DIVCON総得点総失点平均得点平均失点SOVSOS
(1)シアトル・シーホークス1430.8244-29-348329228.417.2.471.498
(5)ロサンゼルス・ラムズ1250.7064-27-551834630.520.4.485.526
(6)サンフランシスコ・49ers1250.7064-29-343737125.721.8.417.498
アリゾナ・カージナルス3140.1760-63-935548820.928.7.422.571
NFC 2025
順位チーム地区勝率DIVCONSOVSOS
地区優勝
1シアトル・シーホークス西1430.8244-29-3.471.498
2シカゴ・ベアーズ1160.6472-47-5.406.458
3フィラデルフィア・イーグルス1160.6473-38-4.455.476
4カロライナ・パンサーズ890.4713-36-6.463.522
ワイルドカード
5ロサンゼルス・ラムズ西1250.7064-27-5.485.526
6サンフランシスコ・49ers西1250.7064-29-3.417.498
7グリーンベイ・パッカーズ971.5594-27-4-1.431.483
8ミネソタ・バイキングス980.5294-27-5.431.514
9デトロイト・ライオンズ980.5292-46-6.428.490
10タンパベイ・バッカニアーズ890.4713-36-6.485.529
11アトランタ・ファルコンズ890.4713-37-5.449.495
12ダラス・カウボーイズ791.4414-24-7-1.311.438
13ニューオーリンズ・セインツ6110.3533-34-8.333.495
14ワシントン・コマンダース5120.2943-33-9.388.507
15ニューヨーク・ジャイアンツ4130.2352-42-10.478.524
16アリゾナ・カージナルス西3140.1760-63-9.422.571
タイブレーク
・ ラムズ・49ers(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりラムズが上位
・ ライオンズ・バイキングス(同地区):直接対決の成績によりバイキングスが上位
・ ファルコンズ・パンサーズ・バッカニアーズ(同地区):直接対決の成績によりパンサーズが上位
・ ファルコンズ・バッカニアーズ(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりバッカニアーズが上位
・ ベアーズ・イーグルス:直接対決での全勝によりベアーズが上位

成績

NFC西地区(2002年-現在)

地区優勝2位3位4位
チームチームチームチーム
2025 SEA(1v)1430 LAR(5c)1250 SF (6d)1250 ARI3140
2024 LAR(4d)1070 SEA1070 ARI890 SF6110
2023 SF (1s)1250 LAR(6w)1070 SEA980 ARI4130
2022 SF (2c)1340 SEA(7w)980 LAR5120 ARI4130
2021 LAR(4v)1250 ARI(5w)1160 SF(6c)1070 SEA7100
2020 SEA(3w)1240 LAR(6d)1060 ARI880 SF6100
2019 SF (1s)1330 SEA(5d)1150 LAR970 ARI5101
2018 LAR(2s)1330 SEA(5w)1060 SF4120 ARI3130
2017 LAR(3w)1150 SEA970 ARI880 SF6100
2016 SEA(3d)1051 ARI781 LA4120 SF2140
2015 ARI(2c)1330 SEA(6d)1060 StL790 SF5110
2014 SEA(1s)1240 ARI(5w)1150 SF880 StL6100
2013 SEA(1v)1330 SF(5c)1240 ARI1060 StL790
2012 SF (2s)1141 SEA(5d)1150 StL781 ARI5110
2011 SF (2c)1330 ARI880 SEA790 StL2140
2010 SEA(4d)790 StL790 SF6100 ARI5110
2009 ARI(4d)1060 SF880 SEA5110 StL1150
2008 ARI(4s)970 SF790 SEA4120 StL2140
2007 SEA(3d)1060 ARI880 SF5110 StL3130
2006 SEA(4d)970 StL880 SF790 ARI5110
2005 SEA(1s)1330 StL6100 ARI5110 SF4120
2004 SEA(4w)970 StL(5d)880 SF790 ARI5110
2003 StL(2d)1240 SEA(5w)1060 SF790 ARI4120
2002 SF(4d)1060 StL790 SEA790 ARI5110

AFC西地区(1977年-2001年)

地区優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
2001 OAK(3d)1060 SEA970 DEN880 KC6100 SD5110
2000 OAK(2c)1240 DEN(5w)1150 KC790 SEA6100 SD1150
1999 SEA(3w)970 KC970 SD880 DEN880 OAK6100
1998 DEN(1v)1420 OAK880 SEA880 KC790 SD5110
1997 KC(1d)1330 DEN(4v)1240 SEA880 OAK4120 SD4120
1996 DEN(1d)1330 KC970 SD880 OAK790 SEA790
1995 KC(1d)1330 SD(4w)970 SEA880 DEN880 OAK880
1994 SD(2s)1150 KC(6w)970 RAI970 DEN790 SEA6100
1993 KC(3c)1150 RAI(4d)1060 DEN(5w)970 SD880 SEA6100
1992 SD(3d)1150 KC(6w)1060 DEN880 RAI790 SEA2140
1991 DEN(2c)1240 KC(4d)1060 RAI(5w)970 SEA790 SD4120
1990 RAI(2c)1240 KC(5w)1150 SEA970 SD6100 DEN5110
1989 DEN(1s)1150 KC871 RAI880 SEA790 SD6100
1988 SEA(3d)970 DEN880 RAI790 SD6100 KC4111
1987 DEN(1s)1041 SEA(5w)960 SD870 RAI5100 KC4110
1986 DEN(2s)1150 KC(5w)1060 SEA1060 RAI880 SD4120
1985 RAI(1d)1240 DEN1150 SEA880 SD880 KC6100
1984 DEN(2d)1330 SEA(4d)1240 RAI(5w)1150 KC880 SD790
1983 RAI(1v)1240 SEA(4c)970 DEN(5w)970 SD6100 KC6100
1982 RAI(1d)810 SD(5d)630 SEA450 KC360 DEN270
1981 SD(3c)1060 DEN1060 KC970 OAK790 SEA6100
1980 SD(1c)1150 OAK(4v)1150 KC880 DEN880 SEA4120
1979 SD(1d)1240 DEN(5w)1060 SEA970 OAK970 KC790
1978 DEN(3d)1060 OAK970 SEA970 SD970 KC4120
1977 DEN(1s)1220 OAK(4c)1130 SD770 SEA590 KC2120

NFC西地区(1976年)

地区優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
1976 LA(3c)1031 SF860 ATL4100 NO4100 SEA2120

主な選手

歴代ヘッドコーチ

脚注

関連項目

外部リンク

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