マティアス・ニコラス・ロドリゲス
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| 名前 | ||||||
| 本名 | マティアス・ニコラス・ロドリゲス | |||||
| ラテン文字 | Matías Nicolás Rodríguez | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1986年4月14日(39歳) | |||||
| 出身地 | サン・ルイス | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 77kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF(RB)/MF(RMF) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1998-2007 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2006 |
→ | 11 | (2) | |||
| 2007 |
| 1 | (0) | |||
| 2008-2009 |
| 42 | (3) | |||
| 2010-2013 |
| 97 | (22) | |||
| 2014-2015 |
| 3 | (0) | |||
| 2014-2015 |
→ | 25 | (1) | |||
| 2015-2021 |
| 138 | (19) | |||
| 2021-2022 |
| 10 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
マティアス・ニコラス・ロドリゲス(スペイン語: Matías Nicolás Rodríguez、スペイン語発音: [maˈti.az nikoˈlaz roˈðɾiɣes]、1986年4月14日 - )は、アルゼンチンの元サッカー選手。現役時代のポジションはDFまたはMF。
ボカ・ジュニアーズの下部組織出身。エクアドル・セリエAのバルセロナSCのトライアルに参加したものの不合格で、同リーグのSEアウカスに2006年半ばに加入。13試合3得点の結果を残し移籍金は100万ユーロ程度と見做されるまでに価値を上げた[1]。2007年初めにボカ・ジュニアーズに戻るも脛骨と腓骨に大怪我を負い、1年半をほぼ棒に振った[1]。
2008年にナシオナル・モンテビデオに加入し、選手生活を再開した。2010年1月にヘラルド・ペルッソ監督がウニベルシダ・デ・チレに移籍したが、彼は監督についていき、彼もウニベルシダ・デ・チレに加入した[2]。コパ・スダメリカーナ2011を制した他、プリメーラ・ディビシオン・デ・チレを3回制するなど栄光ある日々を過ごしたが、これは後任のホルヘ・サンパオリ監督時代の功績で、彼がついていったヘラルド・ペルッソ監督は成績不振で2010年に解任されている。彼自身はCSDコロコロとのダービーマッチで得点した他[3][4]、コパ・リベルタドーレス2010のアウェー・CRフラメンゴ戦ではアディショナルタイムに同点弾を決めた[5]。
彼の活躍にヨーロッパからも視線が集まり、特に2012年1月にはSLベンフィカから熱い視線を浴びた[6]。しかし2013年1月29日にセリエAのUCサンプドリアに420万米ドル(328万ユーロ)で移籍[7][8][9][10]。4年半契約を締結した[10]。2014年5月30日に2015年6月までの契約でカンピオナート・ブラジレイロ・セリエAのグレミオFBPAに期限付き移籍[11]。
2015年7月19日にウニベルシダ・デ・チレに再加入した[12]。
2021年3月8日にデフェンサ・イ・フスティシアに加入した[13]。
代表歴
2012年にアレハンドロ・サベーラ監督から2014 FIFAワールドカップ・南米予選のエクアドル代表、チリ代表戦に挑むアルゼンチン代表メンバーに選出されたが、両試合とも出場機会がなかった[14]。