マラブー

From Wikipedia, the free encyclopedia

マラブー (アラビア語: مُرابِط)は西アフリカや(歴史的に)マグリブにおいて、イスラム教の指導者であり教育者であった人々を指す[1]。マラブーは時にクルアーンの学者でありまた宗教教育者である。その他に施しで生きる放浪する聖人、スーフィーのムルシド(案内人)、宗教コミュニティーの指導者であることもある。マラブーに類似の語"marbot"はインドネシアではモスクの建物の管理人として使われる。

トゥクロール(1853年)

マラブーという用語は、ムスリムによる北アフリカ征服の期間に現れた。それはアラビア語の"Mourabit" や"mrabet"(駐屯している)に由来している[2]。"mrabet"とは、征服の時代に信仰深い学徒やリバートに配置された軍の志願兵である[3]今日"marabout"はベルベル語で「聖人」を意味しており、タリーカ(طريقه Ṭarīqah: 「道」「進路」)といわれる特定の学校や伝統と結び付けて考えられている、ザーウィヤ(施設)英語版と呼ばれる小屋や学校の長であるスーフィー派のイスラームの教育者を意味している。

この単語の発音はベルベル語の方言に変化する。例えば リフィアン語では、"Amrabadh"と発音される。マラブーはアラビア語話者であるマグレブに"sayyeds"(アラビア語: سيد)として知られる。モロッコの多くの都市は現地のマラブーの名前から名づけられ、現地のマラブーの名前に倣い、普通は市名が"Sidi"(アラビア語: سيد マグレブのアラビア語でmy sayyid") で始まる。標準語のアラビア語で「聖人」は "wali" (ولي)である。

マラブーは崇敬の対象となる聖人の (アラビア語: قُبّة qubba) を表すこともあり、そのような場所は神聖な中心地であり、敬虔な内省をする場所となった。

この伝統のルーツはベルベル人が多神教を信仰していた時の昔の時代に由来する。ヘロドトスはナサモン人が動物を神聖な人の墓へ生贄として持っていくことを話した時に、この伝統についても言及した。

西アフリカ

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI