マラマ・ヴァイリュア
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Marama Vahirua | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1980年5月12日(45歳)[1] | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 172cm[1] | |||||
| 体重 | 68kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ユース | ||||||
| 1996–1997 |
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| 1997–1998 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1998–2004 |
| 111 | (28) | |||
| 2004–2007 |
| 99 | (19) | |||
| 2007–2010 |
| 86 | (19) | |||
| 2010–2013 |
| 25 | (5) | |||
| 2011–2012 |
→ | 12 | (2) | |||
| 2012–2013 |
→ | 24 | (5) | |||
| 2013 |
| 0 | (0) | |||
| 2017 |
| 3 | (2) | |||
| 2017- |
| 2 | (2) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2001–2002 |
| 6 | (2) | |||
| 2013 |
| 3 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2013年10月21日現在。 2. 2013年10月21日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
マラマ・ヴァイリュア(Marama Vahirua, 1980年5月12日 - )はタヒチ・パペーテ出身のサッカー選手。ポジションはFW。苗字は「バヒルア」「バイルア」とも表記される。
フランス代表としてEURO1992に出場したパスカル・ヴァイリュアは従兄弟である。
得点した後にカヌーをこぐパフォーマンスをする。
17歳の時にタヒチからフランスに渡りFCナントの下部組織に入団。その後トップチームに昇格し、2001年5月31日、ASサンテティエンヌ戦でリーグ優勝を決める決勝ゴールを記録した。この優勝によって出場したUEFAチャンピオンズリーグでは、グループリーグ初戦のPSVアイントホーフェン戦でチームの4点目となるゴールを挙げている。
2004年に移籍したOGCニースではフレデリック・アントネッティ監督の下、トップ下でプレーするなどプレーの幅を拡げ、自己最高の10得点を記録。2005年度のオセアニア年間最優秀選手賞を獲得した。
2007年のFCロリアン移籍直後はゴールを量産し、一時期は得点王争いでトップに立った。しかし次第に得点ペースが落ち、さらに怪我で長期離脱を余儀なくされた。2010年、契約切れを機にASナンシーに移籍したが、その後ASモナコ、ギリシャのパントラキコスFCへ1シーズンごとにレンタル放出されている。
代表歴
長らくフランス代表入りを目指してきたが、21歳以下の代表に選出されたのみで、A代表でプレーすることは叶わなかった。2012年、出生地であるタヒチがブラジルで開催されるFIFAコンフェデレーションズカップ2013の出場権を獲得したことで同代表チーム入りを決断。本大会登録メンバーに選出されると、国際大会への経験が乏しいチームをけん引する唯一のプロ選手として注目を集めた。
2013年6月17日、コンフェデレーションズカップ初戦のナイジェリア戦で遂にタヒチ代表デビューを飾った。試合には1-6で敗れたものの、コーナーキックからタヒチのFIFA主催大会初ゴールをアシストするなど随所で活躍を見せた。大会終了後にプロのキャリアから引退することを表明[3]。前述の通りアマチュア選手としてプレーする傍ら、新たにタヒチサッカー連盟のテクニカルディレクターに就任することとなった[4]。