ロビー・スレイター

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本名 ロバート・スレイター
Robert Slater
愛称 Robbie
ラテン文字 Robbie Slater
ロビー・スレイター
名前
本名 ロバート・スレイター
Robert Slater
愛称 Robbie
ラテン文字 Robbie Slater
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1964-11-22) 1964年11月22日(60歳)
出身地 イングランドの旗 ランカシャーオームスカーク
身長 180cm
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1982-1985
1986
1987-1989
1989-1990
1990-1994
1994-1995
1995-1996
1996-1998
1998
1998-2001
オーストラリアの旗 セントジョージ・セインツ
オーストラリアの旗 ブラックタウン・シティ[1]
オーストラリアの旗 シドニー・ユナイテッド
ベルギーの旗 アンデルレヒト
フランスの旗 ランス
イングランドの旗 ブラックバーン・ローバーズ
イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッド
イングランドの旗 サウサンプトン
イングランドの旗 ウルヴァーハンプトン
オーストラリアの旗 ノーザン・スピリット
98 (28)
19 0(2)
73 (17)
4 0(0)
121 0(8)
18 0(0)
25 0(2)
41 0(2)
6 0(0)
61 (10)
代表歴
1988-1997 オーストラリアの旗 オーストラリア 28 0(1)[1]
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ロバート"ロビー"・スレイターRobert "Robbie" Slater1964年11月22日- )は、イングランドランカシャーオームスカーク英語版出身の元オーストラリア代表サッカー選手

初期

スレイターは、両親と共にオーストラリアに移住し、1982年にNSLセントジョージ・セインツFC英語版でキャリアをスタートさせる前のユース時代に様々なクラブでプレーした。1983年にセントジョージでリーグ優勝をした後、イングランドノッティンガム・フォレストFCのトライアルに参加したが、両チームで合意に至らず母国に戻った。

1987年から1989年までシドニー・クロアチア(現シドニー・ユナイテッドFC英語版)で活動した後、ベルギーリーグにの名門RSCアンデルレヒトへ移籍した。

ヨーロッパ

アンデルレヒトで出場機会があまりなかったスレイターは、翌1990-91シーズンにフランス2部RCランスに加入。ランスには1990年から1994年まで在籍し、1991-92シーズンにリーグ・アン昇格に貢献。同年にオセアニア年間最優秀選手賞を受賞した。また、ランス在籍時にパリ・サンジェルマンFCのサポーターに野球のバットで襲われ、生命の危機にさらされた[2]

1994-95シーズンに祖国イングランドブラックバーン・ローバーズFCへ移籍。同シーズンに優勝を経験し、初めてプレミアリーグを制覇したオーストラリア人選手となった[3]。1995年、マティ・ホームズ英語版と入れ替わる形でウェストハム・ユナイテッドFCへ60万ポンドで売却された。8月26日、1-1と引き分けたアウェーのノッティンガム・フォレストFC戦でデビューし、12月2日のアウェーで2-4と敗れた古巣ブラックバーン戦で移籍後初ゴールを決めた。

1996年8月、グレアム・スーネス監督率いるサウサンプトンFCに移籍金25万ポンドで加入すると、移籍1年目の1996-97シーズンを通してレギュラーとして30試合に出場。終盤5試合で3試合に勝利し、降格からわずか1ポイントでトップカテゴリーに留まることに成功した。また、同シーズンの最終節から1つ前に行われた1997年5月3日の古巣ブラックバーン戦で、スレイターはエギル・オステンスタッドの8ヤードのドリブル突破からのパスから先制ゴールを決め2-0の勝利に貢献した。

1997年1月4日、FAカップレディングFC戦でスレイターは線審に対して"ジェスチャー"をしたとして、グラハム・ポール主審にレッドカードを提示されロスタイムに退場した。試合はサウサンプトン側が9人だったものの3-1で勝利した。同年夏にスーネスに代わりデイヴ・ジョーンズが監督に就任すると、出場が3試合と少なくなり、1998年1月19日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦の途中出場が最後となった。3月にウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCに移るも、夏にオーストラリアに帰国した。

NSL

1997-98シーズン終了に伴いオーストラリアへ戻ると、NSLに参戦する新興クラブのノーザン・スピリットFC英語版に加入しキャプテンにも就任。2001-02シーズンに引退するまでプレーした。

引退後

引退後は、オーストラリアの有料チャンネルのFOXスポーツ (オーストラリア)英語版Aリーグの実況やサッカー情報番組に出演しコメンテーターを務めている。

2005年、オーストラリアサッカー殿堂英語版入りを果たした[4]

論争

スレイターがデイリー・テレグラフ (オーストラリア)英語版に書いた記事が論争となり、ハリー・キューウェルと対立することになった[5]。事態の原因究明役としてグラハム・アーノルドが指名された[6]

また、ある時にクレイグ・フォスター英語版に英国人に対して贔屓していると批難された。そのことに対してスレイターは、フォスターは人種差別主義者だと反論した[7][8]

代表

所属クラブ

タイトル

脚注

外部リンク

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