マルコス・アントニオ・メネゼス・ゴドイ

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 マルコス・アントニオ・メネゼス・ゴドイ
Marcos Antonio Menezes Godoi
ラテン文字 Marcos / Lange
生年月日 (1966-12-18) 1966年12月18日(58歳)
マルコス / ランジェ
名前
本名 マルコス・アントニオ・メネゼス・ゴドイ
Marcos Antonio Menezes Godoi
ラテン文字 Marcos / Lange
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1966-12-18) 1966年12月18日(58歳)
出身地 ブラジル
身長 167cm[1]
体重 64kg[1]
選手情報
ポジション FW / MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
0000-1987 ブラジルの旗 サンパウロFC
1987-1991 日本の旗 ヤンマーディーゼル 74 (20)
1991-1992 日本の旗 松下電器/ガンバ大阪 8 (1)
通算 82 (21)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マルコス・アントニオ・メネゼス・ゴドイ(Marcos Antonio Menezes Godoi、1966年12月18日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワードまたはミッドフィールダー(攻撃的MF)。ヤンマー時代の登録名は「マルコス」。松下ガンバ大阪時代の登録名は「ランジェ」。

ブラジルのサンパウロFCフォワードとして契約したが出場機会には恵まれず[2]1987年7月、日本サッカーリーグ (JSL) 1部のヤンマーディーゼル(現・セレッソ大阪)に移籍した[2]。『プラカールポルトガル語版』誌によれば当初は2年間のレンタル移籍で、ヤンマー側はアマチュアであり交渉の際に金銭を用意できないため200万クルザード相当のトラクターを2台用意した[2]

同年10月18日に行われたJSL1部第1節、本田技研戦でリーグ戦デビューを果たすと、この試合で初得点を記録した[3]。1987-88シーズンには5アシストを記録するなど左サイドからヤンマー攻撃陣を牽引[4]。9得点をあげたジョナスとともに、前期シーズンを3位で折り返す原動力となった[4]

加入3年目の1989-90シーズンのリーグ戦では、第8節の日産自動車戦で2アシストを記録し勝利に貢献(3-0でヤンマーの勝利)[5]するなど好調さを維持し、専門誌から日産のレナトとともに前期リーグの外人MVPと評価された[6]

1990年7月には同僚の伊藤裕二梶野智幸とともにJSL選抜に選ばれ、JALカップのFCバルセロナ戦に出場[5]。1990-91シーズンのリーグ戦ではチーム最多の5得点をあげるも、シーズン前に浮沈のカギを握るとみられていたベテランの草木克洋が2得点、2年目のマウロが無得点に終わるなど結果を残せず[1]。リーグ11位となり2部降格が決定すると、1991-92シーズンからはJSL1部の松下電器へ移籍した[1]

1992年、松下がプロ化によりガンバ大阪へ移行した後もチームに在籍し、Jリーグカップでは同年9月5日に行われた第1節の横浜マリノス[7]を含む全9試合に出場するも同年限りで退団した[8]

個人成績

日本国内成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦JSL杯/ナビスコ杯天皇杯期間通算
1987-88ヤンマー23JSL1部1940010204
1988-891654100206
1989-902162031267
1990-911018500
1991-92松下188100
1992G大阪-J-90
通算日本J -90
日本JSL1部 8221
総通算 8221

現在は、日本国内成績のみ。

その他の公式戦

選抜歴

  • JSL選抜
    • 通算2試合0得点(JALカップサッカー90・FCバルセロナ戦[5]

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI