ミャンマー・タイムズ

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種別日刊紙
所有者Myanmar Consolidated Media Co. Ltd. (MCM)
設立者
ミャンマー・タイムズ
Logo of The Myanmar Times, English-language edition
Logo of The Myanmar Times, Burmese-language edition
種別日刊紙
判型ベルリナー判
所有者Myanmar Consolidated Media Co. Ltd. (MCM)
設立者
発行者テイントゥン(Thein Tun)
言語英語, ミャンマー語
本社所在地No. 379/383, ボー・アウンチョー通り(Bo Aung Kyaw Street), チャウタダ郡区, ヤンゴン, ミャンマー
ウェブサイトmmtimes.com

ミャンマー・タイムズ(みゃんまー・たいむず、ビルマ語: မြန်မာတိုင်း(မ်))、英語: The Myanmar Times)は、2000年に創刊されたミャンマー日刊紙である。当初は英語・ミャンマー語両方の週刊誌だったが、2015年以降は英語版のみが週5日発行されるようになった。2021年ミャンマークーデター直後の同年3月、活動を停止した。

ミャンマー・タイムズの創設者の1人はロス・ダンクリー(Ross Dunkley)というオーストラリア人ジャーナリストである。ダンクリーは優秀なジャーナリストだったが、大手出版社と対立して苦い思いをした経験から、「権力と対立してはいけない」という教訓を学んだと語っている[1]

ダンクリーは1991年から1994年までベトナムで『ベトナム投資レビュー』の発行に携わった後、1999年に初訪緬。その際、キンニュンの腹心であったテインスウェ(Thein Swe)と息子のソニー・スウェ(Sonny Swe)と邂逅し、サージ・パン・アンド・アソシエイツ・グループ(SPA)所有のゴルフクラブで、キンニュン同席の下、『ミャンマー・タイムズ』の発刊が決定された[2]

背景には、当時国家平和発展評議会(SPDC)は、『ニュー・ライト・オブ・ミャンマー』という英字紙を発行していたが、軍政のプロバガンダ紙と見なされ、国民や国際社会に対する発信力が乏しいことが問題視されており、代わりのメディアを必要としていたこという事情があったとされる[2]

活動

ミャンマー・タイムズ・ヤンゴン本社

このような経緯から、『ミャンマー・タイムズ』は、設立当初から軍政のプロバガンダ紙という激しい批判を浴びた。実際、『ミャンマー・タイムズ』には軍諜報局の職員が何人も勤務し、軍諜報局に定期的に賄賂を支払っていった。また、ソニー・スウェは否定していたが、軍諜報局から紙面のチェックも受けており、軍諜報局高官が匿名で記事を執筆することもあったのだという[2]

2003年にアウンサンスーチー一行が連邦団結発展協会(USDA)のメンバーに襲撃され、危うく命を落としかける事件(ディベイン虐殺事件)が起きたが、国際メディアやミャンマーの亡命メディアが事件の詳細を伝える中、同紙は、当初、国民民主連盟(NLD)が交通違反を起こしたため混乱が生じたと報じていた[2]

一方、その記事の質の高さから、外交官、国際NGO、国連職員などの外国人からは概ね好評で、国際社会に対して軍政のリベラルな一面を伝えるという同紙の目的は一定程度果たされたとされる[2][3]

ソニー・スウェ逮捕

2004年10月7日、当時首相だったキンニュンは自宅軟禁に処せられ、翌2005年、禁錮44年の有罪判決を受け、失脚した[2]

これに連座して、テインスウェも汚職と窃盗の複数の罪で懲役100年以上の判決を受け、ソニー・スウェは報道審査委員会の承認を受けず新聞を発行していた罪で懲役14年の判決を受けた[2]。ソニー・スウェは2013年に恩赦を受けて釈放され[4]、2015年に『フロンティア・ミャンマー英語版』を創刊した[5]

社内抗争

その後、『ミャンマー・タイムズ』は、ミャンマー作家ジャーナリスト協会(MWJA)副会長で、国軍とも親密な関係にあったとされるティントゥンウー英語版に売却されたが、ティントゥンウーは事あるごとにダングリーと対立した[2]

2011年2月10日、ダングリーは性的暴行の容疑で逮捕された[6]。容疑は当局のでっち上げと指摘されているが、この際は、ティントゥンウーが高額の保釈金を支払って保釈された。しかし、その後、ティントゥンウーの妻キンウーウーが同紙の編集に介入するようになり、ダングリーとの仲が再び悪化。結局、訴訟合戦となり、ダングリーは同社を退職した[7]。ダングリーはその後、2019年に大量のメタンフェタミンを所持していた容疑で逮捕され、懲役13年の刑を受けている[8][9]

2013年、『ミャンマー・タイムズ』は、ミャンマーにペプシコーラを紹介したことで有名な、ミャンマー・ゴールデン・スター・グループ(Myanmar Golden Star Group:MGS)会長テイントゥンに売却された[10]。しかし、テイントゥンは、子飼いの編集長を通してたびたび同紙の編集に介入したので、記者たちの反発を買っていたと伝えられる[11]

休刊

2021年ミャンマークーデターの直後、同紙編集長は記者たちに国軍の方針に従うように命じたため、記者たちは抗議の総辞職を行い、同年3月、休刊に追い込まれた。2026年2月現在、同紙のサービスは停止したままで、ホームページも削除されたままである[11]

2026年2月、『ミャンマー・ナウ』は、『ミャンマー・タイムズ』および『フロンティア・ミャンマー』と国軍との親密な関係を暴露する「The shadowy past—and present—of the Myanmar Times and Frontier」と題した記事を掲載[2]。これに対して、『フロンティア・ミャンマー』は、「The other side: A Myanmar Now investigation into Frontier」と題した反論記事を掲載した[12]

脚注

参考文献

関連項目

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