ミュージックサイレン

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ミュージックサイレンは、日本楽器製造が開発・製造した音階が異なるサイレンを複数搭載し、演奏を可能にした自動演奏楽器。

開発から現在まで

日本楽器製造が立地する浜松市太平洋戦争中、軍需物資の生産拠点だったため、地方都市として異例の27回も空襲を受け、空襲警報が毎晩のように鳴った。戦時中は楽器製造を休止し、戦闘機プロペラを製造していた工場も、一連の空襲により全焼。戦後に再開した工場では終業時などの時を告げる際、従来のサイレンでは空襲警報を連想させるとして、当時同社社長だった川上嘉市が音階を奏でるサイレンを考案し、同社の技術者と共に1945年昭和20年)から開発を行い、1950年(昭和25年)7月に4音階の試作機が完成。同年8月1日から日本楽器製造本社工場4号館屋上で試験運用を開始し、1951年(昭和26年)12月20日から音階を12音へ増やした量産型のミュージックサイレンの運用を開始した。本社のミュージックサイレンは、1953年(昭和28年)に駆動系統が改良され、1957年に音階を通常よりも多い14音に増やし、通常の装置と比べて特徴的なデザインのミュージックサイレンとなっている。

初めてミュージックサイレンが外販納入されたのは、1951年(昭和26年)当時の宮崎県の国立宮崎大学に納入された4音階の物である。1950年(昭和25年)に開発されたタイプは一般的に「第1世代機」と呼ばれる。

第一世代は2枚1組の羽が2組(4音階) - 6組(12音階)、第二世代は4枚1組の羽が2組(8音階) - 6組(24音階)、それぞれ有する。モーターで高速回転する羽が遠心力で空気を圧縮し、発音機構であるシャッターの穴が開いた瞬間に圧縮された空気が穴から放出され、シャッターのリードを振動させて発音する。 第1世代機の演奏システムは、オルゴールの形状によく似た「音曲カム」と、「鍵盤式スイッチ」を用いた。「音曲カム」は、装置の動作がオルゴールと似ており、状の金属板がドラムに付いている凹に下がることによって、金属板に繋がっているサイレンの電気式マグネットシャッターが開かれ、それぞれの音階ごとに分かれている金属板の動きによってシャッターの開閉が制御され、音楽が奏でられるという仕組みである。この自動演奏のほか、それぞれのシャッターに繋がっている鍵盤を押すことによって音が発せられる鍵盤式スイッチによる生演奏にも対応している。当然ながら搭載されている音階以外の鍵盤を押しても音は鳴らない。

1975年(昭和50年)に作成された第1世代ミュージックサイレンパンフレット資料の表のフレーズには、「サイレンが音楽になります さくらさくら、赤とんぼ、野ばら・・・・・・・・・メロディもいろいろ ヤマハミュージックサイレン」とある。ミュージックサイレンの紹介文は、「ヤマハの技術陣がサイレンの音楽化を願い、数々の研究を重ねて創りあげたのが、ミュージックサイレンです。始業・終業時に、あるいはお昼休みに、ミュージックサイレンから流れるメロディーは、なごやかな雰囲気をつくりだします。ミュージックサイレンは、いままでのサイレンにありがちな、冷たい感じをなくすだけでなく、企業のイメージアップに大きな役割をはたします。」 「サイレン独特な発音装置に、音階を与えて音楽化しました。お好みの曲を選ぶことにより、いままでのサイレンにはなかった、暖かい雰囲気が生まれます。操作はいままでのサイレンと、まったく変りません。スイッチの切替えひとつで、きまった曲目にすることも、付属の鍵盤でお好きな曲を弾くこともできます。必要に応じて、ただちに非常用サイレンとして、いままでのサイレンと同様に、使用できます。サイレンのメロディは数多くの曲目より、お好みのものをお選びいただけます。朝は、早春賦、昼は、春の小川、夕方は、蛍の光など時間に合わせ自動的にメロディを変えることもできます。」というものである。販売された機種は主に、4音、8音、10音A、10音B、10音C、10音D、12音A、12音Cの8種類が一般販売され、それぞれABCDの種類ごとに搭載されている音階は異なり、演奏できる曲目も変わってくる。また依頼者側の要望などで搭載する音階を決めるカスタマイズ生産も一部されていた。演奏可能な曲目で、曲目を挙げると、「菩提樹」、「埴生の宿」、「ブラームスの子守唄」、「吹け春風」、「野ばら」、「春の小川」、「家路」、「ヴォルガの舟歌」、「蛍の光」、「ロングロングアゴー」、「早春賦」、「茶摘み」、「ブンガワンソロ」、「アニーローリー」、「オールドブラックジョー」、「スワニー河」、「君が代」、「さくらさくら」、「旅愁」、「荒城の月」、「叱られて」などである。初期の販売価格は、4音(20cm)が17万円、4音(35cm)が30万円、8音が67万円、10音ABCDが85万円、12音ABCが100万円であった。1951年(昭和26年)の販売開始から、1982年 (昭和57年)の第1世代機生産終了までの間に合計で184台が生産、販売された。

第2世代機の内部(イラスト)

1987年 (昭和62年)に発音装置のシャッター駆動機構を電気式マグネットからデュアルエアシリンダーへと変更して装置サイズのコンパクト化を図り、演奏の基板を機械式の音曲カムからIC ROMMIDIデータを記録する方式に改良した「第2世代機」が開発される。1989年平成元年)に作成された第2世代機のパンフレットに「今。コミュニケーションサウンドが、大切にされる時代ー。」「社会のテンポが早まるにつれ、生活環境が次第に無機質なものへ変わろうとしています。街に緑が欲しい、きれいな空気にカラダをつつまれてみたい、と想いを馳せる方が多くなってきています。今、心の渇きをいやし、安らぎを得るために大切にしたいのが、人と人とのコミュニケーションではないかと考えます。ヤマハは、リズム感にあふれ、潤いに満ちた生活が営まれる事を願い、新しい「音の世界」をお届けします。オリジナル曲をはじめ、多くの人々に愛されてきたメロディが、やさしく とき を告げるコミュニケーションサウンド。メカトロニクス技術を駆使し、音楽の機能を持ったヤマハミュージックサイレンの誕生です。」「暮らしにリズムが生まれる。新しい音の深呼吸――ーーヤマハミュージックサイレン。」「電子楽器・オーディオなどで培ったメカトロニクス技術を、サイレンの中枢部である発音システムに活かしました。従来のミュージックサイレンに比べ音域が大巾に広がり、音質も向上しナチュラルなサウンドをお楽しみ戴けます。さらに新開発の発音機構により、速いテンポの曲も演奏可能になりました。また長調短調どちらも演奏でき、上位機種では、転調も行なえますので音楽としての豊かさが広がります。」と記し、8音C、12音A、16音A、24音Fの4種類を一般販売機種として記載した。「名曲をコミュニケーションサウンドに用意しました。」として「」、「田園」、「ユーモレスク」、「埴生の宿」、「菩提樹」、「野ばら」、「アニーローリー」、「故郷」、「アラベスク」、「四季の歌」、「吹け春風」、「アマリリス」、「夏の思い出」、「我は海の子」、「小さい秋みつけた」、「家路」、「ブラームスの子守唄」、「月の光」、「シューベルトの子守歌」、「トロイメライ」、「中国地方の子守唄」、「峠の我が家」、「夜空のトランペット」、「赤とんぼ」、「故郷の空」、「君が代」、「蛍の光」を記しているが搭載する音階により演奏可能な曲目は限られ、該当しない曲目を演奏している設置場所も多く見られた。販売価格は、8音Cが900万円、12音Aが1050万円、16音Aが1200万円、24音Fが1500万円、標準曲が8~24万円、特注曲が16~48万円であった。また依頼者側の要望などで搭載する音階を決めるカスタマイズ生産も一部されていた(例 天理プール等)。1987年(昭和62年)の製造開始から、生産終了の1998年(平成10年)まで合計12台が販売され、おもに役場に設置された。

サイレン特有の強力な発音機構を利用しているために騒音問題や故障などで第1世代機同様に徐々に姿を消し、2022年令和4年)現在で装置の現存が稼働や無稼働の両態を含んで確認されているのは、第1世代機が大分市トキハ本店、伊賀市旧伊賀市役所、大館市みちのく銀行大館支店、豊田市トヨタ自動車元町工場、第2世代機が八幡浜市愛宕山、宇和島市宇和島城、天理市天理プールに2台、岸和田市岸和田市役所、の計9台、稼働態は第1世代機が大分市のトキハ本店と伊賀市の旧伊賀市役所の2箇所、第2世代機は、すでに存在していない。2025年11月に旧伊賀市役所が一部曲のみ復活したため、継続的に稼働しているのは旧伊賀市役所と大分市トキハ本店のみとなっている。

第1世代機は1982年(昭和57年)に三重県伊賀市役所へ納入を最後に生産及び保守用部品の製造を終了した。ヤマハ株式会社FA事業推進部及び生産技術本部(現ヤマハファインテック株式会社)が第2世代機へ切り替えて日本楽器製造株式会社から製造を引き継いだ。「時間を手軽に知る機会が増えた事や、サイレンを騒音と捉える人が増えた」という理由から、1998年(平成10年)に製造が中止され、2011年(平成23年)にメンテナンス業務が終了、2016年(平成28年)にサポート業務の全面終了を決定。 [要出典]

製造

初代モデルは184台、2代目モデルは12台が販売された[1]

現在の状況と歴史

設置場所

脚注

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