ミルクレープ
多層に重ねたクレープの間にクリームを挟んだ日本発祥のケーキ
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発祥
西麻布のカフェ「ルエル・ドゥ・ドゥリエール」(2015年に閉店)と、南麻布のカフェ「ペーパームーン」(2013年に閉店)がそれぞれ元祖を主張していたが、これは、両店が同じ工場で作ったケーキを販売していたためである[6]。
一方で、ミルクレープの考案者はその「ルエル・ドゥ・ドゥリエール」に勤務していた関根俊成シェフだという報道もある[7]。報道によると、その店ではクレープシュゼット風のものを食後のデザートとして客の目の前でフランベする形で提供していたが、喫茶のみの利用者も満足出来るものとして、ラザニアに発想を得た関根シェフによって1988年に考案された。関根シェフは特にスィーツ専門の修行はしてこなかったが、人手が足りなかったことから手伝い始め、むしろスィーツの修行がなかったことから型にとらわれず日本発祥となるミルクレープが生まれたとされる。当初はクレープを12から13枚重ねたものだった。その後関根シェフは当時は同じオーナーの経営だった「ペーパームーン」に移籍し、ドトールコーヒーのミルクレープも監修した[5]。
ミルクレープが日本中に広まったきっかけは、1980年代後半にドトールコーヒーの創業者である鳥羽博道が「あの西麻布のレストラン」で食べて感動し、その店から卸してもらいドトールでも提供し始めたことだとされる[4]。
材料
調理法
日本国外での認知
日本国外では前述の「ペーパームーン」元経営者で日本人パティシエであるKazuko Emy Wadaが、2001年頃[注 2]にニューヨークの高級菓子店のLady Mで「Mille Crêpes[注 3]」として売り出したことで広まった[9][10]。主にアメリカ合衆国在住のアジア系の顧客を対象とし[10]、ニューヨークに続いてカリフォルニア州やテキサス州などアジア系住民の多い地域に出店を広げ、同時に中国、香港、台湾、シンガポールにおいて海外店を展開し[11]、アジアでも認知度を高めた。
フランスでも見かけられるようになり、“le gâteau de crêpes”(「クレープのケーキ」の意味)の名で雑誌などで紹介されている[12]。