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ミルクレープ

多層に重ねたクレープの間にクリームを挟んだ日本発祥のケーキ From Wikipedia, the free encyclopedia

ミルクレープは、日本発祥のケーキの一種で、何枚ものクレープを、間にクリームや果物を挟んで重ねたものである。名前はフランス語で「千の」や「多くの」を意味するmilleに「クレープ」のcrêpeを合わせ「千枚のクレープ」という意味を持たせた和製フランス語である[2][注 1]。実際には、12から20枚ほどのクレープを使うことが多い[3][4][5][1]。

種類 生菓子
フルコース デザート
地域 日本の旗 日本
考案者 関根俊成
概要 ミルクレープ, 種類 ...
ミルクレープ
種類 生菓子
フルコース デザート
地域 日本の旗 日本
考案者 関根俊成
誕生時期 1988年
主な材料 小麦粉、鶏卵、バター、牛乳、砂糖、生クリーム[1]
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発祥

西麻布のカフェ「ルエル・ドゥ・ドゥリエール」(2015年に閉店)と、南麻布のカフェ「ペーパームーン」(2013年に閉店)がそれぞれ元祖を主張していたが、これは、両店が同じ工場で作ったケーキを販売していたためである[6]。

一方で、ミルクレープの考案者はその「ルエル・ドゥ・ドゥリエール」に勤務していた関根俊成シェフだという報道もある[7]。報道によると、その店ではクレープシュゼット風のものを食後のデザートとして客の目の前でフランベする形で提供していたが、喫茶のみの利用者も満足出来るものとして、ラザニアに発想を得た関根シェフによって1988年に考案された。関根シェフは特にスィーツ専門の修行はしてこなかったが、人手が足りなかったことから手伝い始め、むしろスィーツの修行がなかったことから型にとらわれず日本発祥となるミルクレープが生まれたとされる。当初はクレープを12から13枚重ねたものだった。その後関根シェフは当時は同じオーナーの経営だった「ペーパームーン」に移籍し、ドトールコーヒーのミルクレープも監修した[5]。

ミルクレープが日本中に広まったきっかけは、1980年代後半にドトールコーヒーの創業者である鳥羽博道が「あの西麻布のレストラン」で食べて感動し、その店から卸してもらいドトールでも提供し始めたことだとされる[4]。

材料

土台となるクレープの主な材料は、小麦粉、鶏卵、砂糖、溶かしバター、牛乳などで、香料を混ぜても良い。間に挟むのは生クリームと砂糖を緩く泡立てたものや、カスタードクリーム、そしてその両方を合わせたものなどが主に使われる[1][8]。

調理法

クレープの材料となる小麦粉、鶏卵(卵黄だけの場合もある)、砂糖、溶かしバター、牛乳などを合わせ、乳化させるようかつ空気が入り込まないよう気をつけながら高速で混ぜ合わせる。生地は30分ほど寝かせ混ざった空気を上部に浮かせて空気を抜く。熱した金属製の調理器具 に生地を注ぎ、丸く薄く広げ同じ大きさに複数焼き上げる。生クリームは砂糖をとともに緩く泡立て、焼き上がったクレープの上に薄く塗り、その上に次のクレープを乗せ、そしてクリームを塗る作業とクレープを重ねる作業を繰り返す[1]。

日本国外での認知

日本国外では前述の「ペーパームーン」元経営者で日本人パティシエであるKazuko Emy Wadaが、2001年頃[注 2]にニューヨークの高級菓子店のLady M(英語版)で「Mille Crêpes[注 3]」として売り出したことで広まった[9][10]。主にアメリカ合衆国在住のアジア系の顧客を対象とし[10]、ニューヨークに続いてカリフォルニア州やテキサス州などアジア系住民の多い地域に出店を広げ、同時に中国、香港、台湾、シンガポールにおいて海外店を展開し[11]、アジアでも認知度を高めた。

フランスでも見かけられるようになり、“le gâteau de crêpes”(「クレープのケーキ」の意味)の名で雑誌などで紹介されている[12]。

脚注

関連項目

外部リンク

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