南麻布

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南麻布
町丁
有栖川宮記念公園
(2007年11月23日撮影)
北緯35度39分00秒 東経139度43分48秒 / 北緯35.649911度 東経139.730036度 / 35.649911; 139.730036
座標位置:本村小学校付近[1]
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京
特別区 港区
地区 麻布地区
人口情報2025年(令和7年)4月1日現在[2]
 人口 18,080 人
 世帯数 10,647 世帯
面積[3]
  0.99 km²
人口密度 18262.63 人/km²
郵便番号 106-0047[4]
市外局番 03(東京MA[5]
ナンバープレート 品川
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東京都の旗 ウィキポータル 東京都
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南麻布(みなみあざぶ)は、東京都港区の地名。麻布地区総合支所管内に当たり、現行行政地名は南麻布一丁目から南麻布五丁目。住居表示実施済区域。

地価

港区西部に位置する。北で西麻布、北東で元麻布麻布十番、東で三田、南で白金、南西で渋谷区恵比寿、西で渋谷区広尾と隣接する。が多く見られ、仙台坂、木下坂、北条坂(鉄砲坂)、青木坂、新富士見坂南部坂などが残る。

住宅地の地価は、2025年令和7年)1月1日公示地価によれば、南麻布1-5-11の地点で407万円/m2、南麻布4-9-34の地点で432万円/m2、南麻布5-9-2の地点で255万円/m2となっている[6]

歴史

江戸時代は街外れで麻布村の主要耕作地だったほか、寺社地も多く、また大名、小名の下屋敷が置かれていた。今に残る仙台坂、南部坂、北条坂、青木坂は、各藩の屋敷に由来する。江戸中期には、将軍家の別荘である白銀(しろかね)御殿(麻布御殿・富士見御殿とも呼ばれる)が存在した。明治から大正時代にかけ開発が行われ、後に各国の大使館が設置されるに伴い徐々に今日の国際色豊かな都心の住宅街へと変貌を遂げていった。

1962年(昭和37年)の「住居表示に関する法律」の施行を受け1966年(昭和41年)、麻布東町、麻布竹谷町(たけやちょう)、麻布新堀町(しんぼりちょう)、麻布富士見町(ふじみちょう)、麻布盛岡町(もりおかちょう)、麻布田島町、麻布広尾町(ひろおちょう)の各全域に、麻布本村町(ほんむらちょう)、麻布新広尾町(しんひろおちょう)の一部を合わせて再編し、南麻布となった。

地名の由来

町名は、旧麻布区の南部であることに由来する。なお、旧町名の由来については以下を参照。

  • 麻布広尾町 - 地名の起源については広岡、平尾、広野など諸説あり定かでない[7]。江戸初期までは荒野で、渋谷まで続く低地帯は広尾原と呼ばれていた[7]
  • 麻布新堀町 - 町の東と南に新堀川(古川)が流れていたことに由来する[7]
  • 麻布田島町 - 元禄期から享保期まで新堀向と呼ばれたが、近傍に三田龜塚の代地二ヶ所と西久保天徳寺領屋敷があるのをあわせて田島町と称した[7]。「田の中の島」に由来するという説があるが定かではない[7]
  • 麻布竹谷町 - 里俗で竹ヶ谷(たけがや)と呼ばれていたことに由来する[7]
  • 麻布富士見町 - 徳川将軍家の別荘の白銀御殿(別名、麻布御殿、富士見御殿など)があったことから、1872年(明治5年)に富士見御殿にちなんで名づけられた[7]
  • 麻布盛岡町 - 延宝年間には南部藩の邸地となっており、1872年(明治5年)に南部氏が盛岡城主だったことにちなんで名づけられた[7]

町名の変遷

実施後 実施年月日 実施前(特記なければ各町丁ともその一部)
南麻布一丁目 1966年4月1日 麻布本村町の一部、麻布東町、麻布竹谷町、麻布新堀町、麻布富士見町、麻布広尾町、麻布盛岡町、麻布新広尾町1〜3
南麻布二丁目 麻布本村町の一部、麻布東町、麻布竹谷町、麻布新堀町、麻布富士見町、麻布広尾町、麻布盛岡町、麻布新広尾町1〜3
南麻布三丁目 麻布本村町の一部、麻布東町、麻布竹谷町、麻布新堀町、麻布富士見町、麻布広尾町、麻布盛岡町、麻布新広尾町1〜3
南麻布四丁目 麻布本村町の一部、麻布東町、麻布竹谷町、麻布新堀町、麻布富士見町、麻布広尾町、麻布盛岡町、麻布新広尾町1〜3
南麻布五丁目 麻布本村町の一部、麻布東町、麻布竹谷町、麻布新堀町、麻布富士見町、麻布広尾町、麻布盛岡町、麻布新広尾町1〜3

世帯数と人口

2025年(令和7年)4月1日現在(港区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目世帯数人口
南麻布一丁目 2,977世帯 4,728人
南麻布二丁目 2,768世帯 4,227人
南麻布三丁目 1,675世帯 3,079人
南麻布四丁目 1,993世帯 3,702人
南麻布五丁目 1,234世帯 2,344人
10,647世帯 18,080人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[8]
11,016
2000年(平成12年)[9]
12,210
2005年(平成17年)[10]
12,981
2010年(平成22年)[11]
12,598
2015年(平成27年)[12]
15,936
2020年(令和2年)[13]
17,250

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[8]
4,914
2000年(平成12年)[9]
6,018
2005年(平成17年)[10]
7,298
2010年(平成22年)[11]
6,726
2015年(平成27年)[12]
8,477
2020年(令和2年)[13]
9,418

学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2022年4月現在)[14]

丁目番地小学校中学校
南麻布一丁目1〜2番
25〜27番
港区立本村小学校港区立高陵中学校
3〜24番港区立東町小学校港区立六本木中学校
南麻布二丁目2~8番
10~13番
15番港区立白金の丘学園
1・9・14番港区立本村小学校港区立高陵中学校
南麻布三丁目1〜21番
22番港区立白金の丘学園
南麻布四丁目1〜22番港区立本村小学校港区立高陵中学校
13〜15番港区立白金の丘学園
南麻布五丁目全域港区立笄小学校港区立高陵中学校

交通

鉄道

路線バス

道路

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[15]

丁目事業所数従業員数
南麻布一丁目 169事業所 2,008人
南麻布二丁目 159事業所 2,109人
南麻布三丁目 124事業所 1,951人
南麻布四丁目 201事業所 2,135人
南麻布五丁目 225事業所 2,830人
878事業所 11,033人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[16]
734
2021年(令和3年)[15]
878

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[16]
10,263
2021年(令和3年)[15]
11,033

施設

南麻布一丁目

南麻布二丁目

南麻布三丁目

南麻布四丁目

南麻布五丁目

その他

日本郵便

関連項目

脚注

外部リンク

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