ムムターズ

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本名 ムムターズ・アスカーリー( Mumtaz Askari、誕生時)
ムムターズ・アスカーリー・マドワーニー(Mumtaz Askari Madhvani、結婚後)
生年月日 (1947-07-31) 1947年7月31日(78歳)
職業 女優
ムムターズ
Mumtaz
Mumtaz
ヴィンドゥ・ダーラ・シン英語版の誕生パーティーに出席するムムターズ(2025年)
本名 ムムターズ・アスカーリー( Mumtaz Askari、誕生時)
ムムターズ・アスカーリー・マドワーニー(Mumtaz Askari Madhvani、結婚後)
生年月日 (1947-07-31) 1947年7月31日(78歳)
出生地 イギリス領インド帝国の旗 イギリス領インド帝国
ニザーム藩王国 ハイデラバード(現テランガーナ州
職業 女優
ジャンル ヒンディー語映画
活動期間 1958年-1977年
配偶者 マユル・マドワーニー英語版(1974年-現在)
著名な家族 マリカ・アスカーリー英語版(姉)
シャード・ランダワ英語版(甥)
受賞
フィルムフェア賞
主演女優賞
1971年『Khilona』
生涯功労賞英語版
1997年
その他の賞
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ムムターズ(Mumtaz、1947年7月31日 - )は、インドヒンディー語映画で活動した女優。ヒンディー語映画で最も優れた女優の一人に挙げられ、キャリアを通してフィルムフェア賞を2回受賞している[1]

ムムターズは、ハイデラバードでドライフルーツ売りとして働くアブドゥル・サリーム・アスカーリーとシャディ・ハビブ・アガーの娘として生まれた。父はマシュハドの出身で、生家はイマームの家系だった[2]。また、ムムターズの姉マリカ・アスカーリー英語版も女優として活動し、ダラ・シンの弟ランダワ英語版と結婚している[3]。両親は彼女が生まれた1年後に離婚している[4][5][6]

キャリア

1958年に『Sone Ki Chidiya』で映画デビューし、その後も子役として『Vallah Kya Baat Hai』『Stree』『Sehra』に出演した。成長後の1963年にO・P・ラルハン英語版の『Gehra Daag』で主要キャストに起用され、続いて端役として出演した『Mujhe Jeene Do』は興行的な成功を収めた。その後はダラ・シンと共演した『Faulad』『Veer Bhimsen』『Tarzan Comes to Delhi』『Sikandar-E-Azam』『Rustom-E-Hind』『Raaka』『Daku Mangal Singh』ヒロイン役を務め主演を務めており、1作当たりの出演料はダラ・シンが45万ルピー、ムムターズが25万ルピーだったという[7]

Ram Aur Shyam』『Aadmi Aur Insaan』ではフィルムフェア賞 助演女優賞英語版にノミネートされ、ラージ・コースラー英語版の『Do Raaste』でブレイクした。同作では4曲の歌曲シーンに出演し[8]、出番の少ないヒロイン役だったものの人気を集め、ムムターズがキャリアの中で最も好きな映画の一つに挙げている作品である。1970年に出演した『Khilona』ではフィルムフェア賞 主演女優賞を受賞している。ラージェーシュ・カンナー英語版と共演した『Do Raaste』『Bandhan』はそれぞれ6500万ルピー、2800万ルピーの興行収入を記録するヒット作となり[9]、彼とは計10本の映画で共演するなど人気のコンビとなった[10]。また、フェローズ・カーン英語版とのコンビも人気を集め、『Mela』『Apradh』『Nagin』などのヒット作で共演したほか、ダルメンドラとも『Loafer』『Jheel Ke Us Paar』で共演している。1977年に出演した『Aaina』を最後に女優業を引退し、1990年にデーヴィド・ダワンの『Aandhiyan』で復帰したものの興行的に失敗したため、再度女優業から引退した[8]

フィルモグラフィー

私生活

1974年に実業家のマユル・マドワーニー英語版と結婚し、女優業を引退後はロンドンに移住した[11]。彼との間に2人の娘をもうけ、長女ナターシャはフェローズ・カーンの息子ファルディーン・カーン英語版と結婚しており、次女ターニャはホテル経営者の男性と結婚している[12]。ムムターズは54歳の時に乳癌の診断を受け、その後の十数年間で化学療法による治療を6回、放射線治療を35回受けて乳癌を克服したという[13]

ムムターズはシャンミー・カプール英語版から好意を寄せられ結婚寸前まで話が進んだものの、シャンミーの兄ラージ・カプールから結婚を反対されたことや、当時のカプール家英語版では嫁入りした女性を映画界から遠ざける風潮が強かったことから、これを嫌ったムムターズは彼との結婚を断念したという[14][15]。また、ジーテンドラ英語版からも好意を寄せられていたが、彼との結婚も実現しなかった[15]

評価

出典

外部リンク

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