ブラワヨ出身[1]。11歳の時に首都ハラレの軍事施設のチームでバレーボールを始め[2][3][4]、18歳でジンバブエ代表に選出される[5]。
高校を卒業した際は国内の大学に合格していたが、学費を工面できずに進学を断念している[4]。
ボツワナと南アフリカのチームでプレーした後、24歳の時にバレーボール特待生としてヨハネスブルグ大学に進学。
2012年、大分三好ヴァイセアドラー部長の三好博からのスカウトを受け来日し、練習生として入団。9人制チームでアタッカーとしてプレーし[6]、Vリーグにはチームスタッフとして登録された。
2014年、大分三好のコーチに就任[7]。
2021年、小川貴史の後任として監督に就任した[7]。
2024年、大分三好が休部となり、岡山シーガルズのコーチに就任[8]。