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岡山シーガルズ

岡山県岡山市を本拠地とする女子バレーボールクラブチーム From Wikipedia, the free encyclopedia

岡山シーガルズ(おかやまシーガルズ)は、岡山県岡山市を本拠地とする女子バレーボールクラブチームである。2026-27シーズンはSV.LEAGUE WOMENに所属。

原語表記 岡山シーガルズ
ホームタウン 岡山県
クラブカラー ロイヤルブルー、白、水色
創設年 1999年平成11年)
概要 岡山シーガルズ, 原語表記 ...
岡山シーガルズ
原語表記 岡山シーガルズ
ホームタウン 岡山県
クラブカラー ロイヤルブルー、白、水色
創設年 1999年平成11年)
所属リーグ SV.LEAGUE
チーム所在地 岡山県岡山市
体育館所在地 岡山県赤磐市
代表者 山河義弘
監督 河本昭義
ホームページ 公式ウェブサイト
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種類 株式会社
本社所在地 700-8556
岡山県岡山市北区厚生町3丁目1-15 岡山商工会議所ビル8階
設立 1999年4月12日
(株式会社ウォークとして設立)
概要 種類, 本社所在地 ...
岡山シーガルズ株式会社
OKAYAMA SEAGULLS Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 700-8556
岡山県岡山市北区厚生町3丁目1-15 岡山商工会議所ビル8階
設立 1999年4月12日
(株式会社ウォークとして設立)
業種 サービス業
法人番号 8260001010782 ウィキデータを編集
事業内容 ハレーボールクラブチーム運営
代表者 代表取締役 山河義弘
外部リンク okayama.v-seagulls.co.jp ウィキデータを編集
特記事項:2019年6月1日、株式会社ウォークから岡山シーガルズ株式会社へ商号変更。
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チームの概要

1999年、前身の東芝シーガルズ活動停止を受け、リーグ唯一のクラブチームとして同年よりVリーグ加盟。運営会社は『岡山シーガルズ株式会社』[1]。チーム名の由来は、海が近く、大空に飛び立つカモメを意味する[2]ホームタウンは岡山県。ホームアリーナは『シゲトーアリーナ岡山』(岡山県総合グラウンド体育館)である[3]

監督である河本昭義の影響で、同チームの選手は大阪のバレーボール名門校、大阪国際高等学校の出身者が多くを占めている。このことについては滝井側も自覚しており、自他共に「シーガルズジュニアチーム」を公認している。シーガルズが参加するリーグ戦等での同校在校生による応援風景はこのチームならではの風物詩となっている。

選手は一部プロ契約及び学生を除き、シーガルズ事務局職員として練習の合間に事務及び営業の仕事に従事している。

歴史

東芝シーガルズ時代(1971年-1999年)

チームの前身は、神奈川県横浜市にあった東芝京浜女子バレーボール部。後に「シーガルズ」を愛称とし、チーム名を「東芝シーガルズ」に改称する。1993年9月、大阪国際滝井高から河本昭義氏を監督に迎え、新体制を発足させ、翌年の全日本選手権(黒鷲旗)でベスト4入りを果たし、Vリーグ昇格を果たした。1996年シーズンにはヨーコ・ゼッターランドがチームに在籍していた。諸般の事情により1999年5月をもって東芝の実業団チームとしての活動を終了。

シーガルズ時代(1999年-2006年)

東芝の休部に際し、監督である河本昭義と関係者は、後継として、ヨーロッパなどに存在する地域に根付いたクラブチームへの移行を模索して活動。チームの資本金を一企業が総負担するのではなく、複数の企業から出資された資本金を元手に自立したチームを立ち上げるよう奔走した。

1999年4月、選手はひとまずそれまで所属した東芝より、新たに立ち上げるチームの母体となる運営会社への出向という形をとることを了承される。出向としたのは、不測の事態のときに、選手が社員として東芝への復帰が可能とするための措置であり、これを見てVリーグは史上例のないクラブチームのリーグ参加について、下部への降格では無く、Vリーグに残って活動することに条件付の了承を出す。この措置は、同じ東芝のサッカー部を母体とした、コンサドーレ札幌と同様のものである。

同年5月には、2000年富山国体への強化策の切り札として、富山県黒部市が本拠地として活動する場を提供。選手22名、監督以下当時のスタッフ全10名が、新たに複数の協賛企業によって立ち上げる運営会社へ移籍することが決まった。

同年6月には、大阪のアイ電気通信社を中心とする関西・北陸の16社が、チームの母体となる株式会社ウォーク(社長・国方勲)を設立。この後、協賛企業は12社増え28社となり、それらの協賛企業が出資した資本金を元に、Vリーグ初のクラブチームとなった。チーム名称は冠名を付けず、マスコットネームの「シーガルズ」のみに変更された。

この年の1999年Vリーグシーズンを迎えるまでに、協賛企業は36社、サポーターは1200人を集めた。初年度の運営費は1億3000万に上った。その後の運営費の捻出については、地域との交流、自治体からの支援、クラブの現在の基本概念でもあるファンクラブ会員による会費での運営を目指した。この形態は現在も続いている。

河本昭義が岡山県笠岡市出身であることから、岡山県バレーボール協会の誘致などで2001年11月に、本拠地を現在の岡山市に移動した。2005年岡山国体の強化を見据えたもので、移籍したこの年より、大目標であった岡山国体をはさみ国体5連覇を達成した。

岡山へ移転した頃から、チーム設立以来低迷していたリーグ戦での成績も徐々に安定していく。なかでも、2005年の第11回Vリーグでは、最終戦の結果次第で初のセミファイナル進出という所まで迫った(最終戦で敗れ、5位に終わる)。

岡山シーガルズ時代(2006年-)

2006年4月1日に、岡山シーガルズにチーム名を変更。ここにいたり、ようやく地域名である岡山を冠にもつ地域密着型市民クラブチーム、岡山シーガルズとなり、改めて活動を活発化させていく。

  • 地元岡山に小、中学生による「岡山シーガルズジュニアチーム」を同月2日より発足。岡山の児童生徒に広く一流の技術と心構えを伝えていく。
  • 岡山県体教主導のトップアスリート派遣事業(晴れの国トップアスリート派遣事業)に精力的に参加。
  • 地元岡山理大付中・高と、スポーツ交流協定を結ぶ。岡山から世界に羽ばたく選手育成を目指すというもの。

2007年10月、埋もれた人材を発掘し広く門戸を開くのを目的に、女子のトップチームでは初となるトライアウト(入団テスト)を実施。川崎右芙子が採用第1号となった。

2008年、2007-08プレミアリーグにおいて女子クラブチームとして史上初となる上位4チームによるセミファイナルに進出し、前身の東芝時代も含めて最高成績の4位となった。

2010-11プレミアリーグでは、怪我人が相次ぎ成績が低迷。10シーズンぶりに最下位が確定したが、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、当期リーグ戦の残り試合が中止となり、チャレンジマッチも中止となったため、岡山シーガルズの来シーズンのプレミア残留が決定した。

2012-13プレミアリーグでは、レギュラーラウンド4位で2シーズン連続してファイナルラウンドに進出し、チーム最高位となる3位を獲得した[4]

2013-14プレミアリーグでは3年連続でファイナルラウンドに進出、セミファイナルで1位となり優勝決定戦に進出[5]。決勝では涙を飲むもチーム最高となる準優勝を遂げた[6]

2016/17シーズンレギュラーラウンドで11連敗するなど不調が続き、7位となってV・チャレンジマッチに回った。2017年3月11・12日に行われたV・チャレンジマッチで上尾メディックスと対戦し初戦は3-1で勝利したものの第二戦では0-3とストレート負けしてVチャレンジリーグIへの初降格となった[7]

2017/18シーズンのVチャレンジリーグIでは、同じ降格組のPFUブルーキャッツと優勝争いを演じ、最終戦の直接対決を制して優勝を果たした[8]

2018年、これまでのVリーグに変わり新生V.LEAGUEが誕生し、1部のDIVISION1に所属[9]。レギュラーラウンドで10勝10敗の成績で11チーム中7位の成績を挙げたが、Western Conference所属の5チームの中では最下位だったため、不運にもファイナル8進出はならず、結局9位が最終結果となった。

2019-20シーズンはプレミアカンファレンス所属となり、6チーム中2位と躍進しファイナル8進出[10]。ファイナル8も何とか勝ち抜き、5シーズンぶりの4強入りを果たした[11]。準決勝ではデンソーエアリービーズをフルセットで破り、6シーズンぶりの決勝進出を果たす。決勝は、JTマーヴェラスを相手に途中セットカウント2-1とリードをし、悲願の初優勝まであと1セットとしたが、第4セットで相手に流れを与えてしまい、フルセットの末に敗れて惜しくも準優勝となった[12][13]

エピソード

  • 河本が企業持ちの実業団チームから、クラブチームへの移行を具体的にイメージしていくきっかけとなったのは、当時交流のあったオランダ人監督が、日本のVリーグ実業団チームの運営費が高額であると驚く様子にあったという。ヨーロッパではこれほどの過剰な金銭をかけたチーム運営は考えられない、というもので、その頃からずっと、バレーボールチームはもっと手軽で、市民、地域に手の届くものであるべきであり、その範囲で相互に協力し合い運営されるべきものではないか、という構想を暖めていたとのこと。
  • 1999年、クラブ存続の望みを託して市民クラブを目指して、冠を持たないシーガルズとして再出発した当初は、「二年でつぶれるだろう」と揶揄されることもあった。
  • 2000年、富山国体では、成年女子6人制のみではなく、9人制にも選手を送り出した。結果、6人制では優勝、9人制においても準優勝を収め、富山総合優勝に大きく貢献した。
  • 国体優勝を果たした2000年富山国体であったが、その次年度の2001年はチームの本拠地をどこに置くかが長らく未定で、各種の対外試合に出場していなかった。株式会社ウォークは大阪が本社となっており、富山県のチームとして3年近く活動をしてきたが、ここにきて移転の動きが出てきたためである。
  • 2002年から2006年まで、国体の成年女子バレーボール6人制で史上最多の5連覇を達成。2006年9月、第26回日本サマーリーグ優勝(3年ぶり3回目)。プレシーズンの女王の異名を持つ。
  • ウィンディというチームマークを模したマスコットキャラクターがおり、今では大変親しまれているのだが、このマスコットが登場した際の新聞では「着ぐるみ」と書かれてしまってのお披露目だった。
  • 2011年に発生した東日本大震災における支援活動として、義援金の募集(選手のサイン入りクリアファイルの販売など)や、チャリティマッチを開催した。
  • 空間を超える和の力[14][15][16] というスローガンを掲げている時がある。

成績

主な成績

VプレミアV.LEAGUE DIVISION1(Vリーグ
チャレンジリーグI
黒鷲旗全日本選抜
  • 優勝 1回(2024年
  • 準優勝 1回 (2005年
天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会
国民体育大会成年女子(6人制)
Vカップ (現在廃止)
  • 優勝1回 (2001年 第2回大会)
  • 準優勝1回 (2000年 第1回大会)

年度別成績

Vリーグ / 実業団リーグ・V1リーグ

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所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
Vリーグ 第6回 (1999/2000)9位10チーム184140.286
第7回 (2000/01)10位10チーム183150.167
第8回 (2001/02)5位9チーム161060.625
第9回 (2002/03)6位8チーム218130.381
第10回 (2003/04)5位10チーム181080.556
第11回 (2004/05)5位10チーム2714130.519
第12回 (2005/06)5位10チーム2715120.556
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V・プレミアリーグ / V・チャレンジリーグ

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所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位試合試合
プレミア 2006/078位10チーム8位271017-
2007/084位10チーム4位271413413
2008/097位10チーム7位271314-
2009/106位8チーム6位281018-
2010/118位8チーム8位26125中止
2011/124位8チーム4位211110404
2012/133位8チーム4位281513-
2013/14準優勝8チーム3位281711422
2014/154位8チーム3位21138514
2015/166位8チーム4位21912505
2016/177位8チーム7位21516-
チャレンジⅠ 2017/18優勝7チーム1位18171-
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V.LEAGUE

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所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン 備考
カンファレンス順位チーム数試合試合
DIVISION1 2018-199位11チームウエスタン5位5チーム201010220
2019-20準優勝12チームプレミア2位6チーム21156532
2020-216位12チーム(1リーグ制)6位12チーム211110211
2021-229位12チーム(1リーグ制)9位12チーム331221-不戦勝1を含む。
2022-2311位12チーム(1リーグ制)11位12チーム33924-
2023-249位12チーム(1リーグ制)9位12チーム22715-
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SV.LEAGUE

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所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン 備考
順位試合試合
SV.LEAGUE 2024-2511位14チーム11位441529
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選手・スタッフ(2025-26)

選手

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背番号名前シャツネーム生年月日(年齢)身長国籍Pos在籍年前所属備考
1濱田真友HAMADA (2003-05-08) 2003年5月8日(23歳)163.5日本の旗 日本S2022年-大阪国際滝井高校副キャプテン
2佐伯亜魅加SAIKI (2003-09-12) 2003年9月12日(22歳)177日本の旗 日本OH2022年-松山東雲高校
3田口絢佳TAGUCHI (1998-11-11) 1998年11月11日(27歳)179日本の旗 日本MB2017年-東九州龍谷高校
4小松原凜香RINKA (2001-05-16) 2001年5月16日(25歳)176日本の旗 日本OH2024年-京都橘大学
5栗栖明歩KURISU (1998-08-08) 1998年8月8日(28歳)180日本の旗 日本MB2025年-埼玉上尾移籍加入[17]
6宮川琴花KOTOHA (2006-12-25) 2006年12月25日(19歳)176日本の旗 日本OH2025年-大阪国際高校新人[18]
7山城愛心YAMASHIRO (1998-06-24) 1998年6月24日(28歳)176日本の旗 日本OH2023年-KUROBE副キャプテン
8宮川絢花AYAHA (2006-12-25) 2006年12月25日(19歳)185日本の旗 日本MB2025年-大阪国際高校新人[18]
9髙柳有里YURI (2000-04-19) 2000年4月19日(26歳)177日本の旗 日本OH2019年-大阪国際滝井高校
10甲斐理香菜KAI (2003-09-04) 2003年9月4日(22歳)172日本の旗 日本OH2022年-都城商業高校
11城戸陽菜HINA (2004-09-11) 2004年9月11日(21歳)158日本の旗 日本L2023年-福岡工大城東高校
12妹尾紗香SEO (2004-03-20) 2004年3月20日(22歳)174日本の旗 日本S2022年-松山東雲高校
14佐原菜々花SAHARA (2009-12-23) 2009年12月23日(16歳)174日本の旗 日本S2025年-大阪国際滝井高校(在学中)新加入[19]
15新名優花NIINA (2004-10-20) 2004年10月20日(21歳)161日本の旗 日本S2023年-都城商業高校
16内山優衣UCHIYAMA (2001-09-27) 2001年9月27日(24歳)162日本の旗 日本L2024年-長崎国際大学
17城戸うらんKIDO (2001-12-27) 2001年12月27日(24歳)167日本の旗 日本OH/L2020年-大阪国際滝井高校
18藤村若奈FUJIMURA (2001-05-27) 2001年5月27日(25歳)178日本の旗 日本OH2025年-広島移籍加入[20]
20藤原絢奈FUJIWARA (2003-04-06) 2003年4月6日(23歳)167日本の旗 日本OH2022年-大阪国際滝井高校
21中井心音NAKAI (2003-05-24) 2003年5月24日(23歳)174日本の旗 日本MB2022年-大阪国際滝井高校
22船田芽依FUNADA (2001-12-30) 2001年12月30日(24歳)163日本の旗 日本L2020年-松山東雲高校
25岡野亜依OKANO (2000-04-17) 2000年4月17日(26歳)168日本の旗 日本OH2023年-中国学園大学
26長瀬そらNAGASE (1999-08-18) 1999年8月18日(26歳)179日本の旗 日本MB2018年-大阪国際滝井高校キャプテン
27トラン・ティ・ビック・トゥイ (en) THUY (2000-10-11) 2000年10月11日(25歳)184 ベトナムMB2025年-ベトナムの旗 Duc Giang Chemical Club移籍加入[21]
28和田実久WADA (2006-04-27) 2006年4月27日(20歳)170日本の旗 日本OH2025年-福岡工大城東高校新人[18]
31永井知佳NAGAI (2002-11-24) 2002年11月24日(23歳)178日本の旗 日本MB2024年-敬愛大学新人[22]
32松本舞佳MATSUMOTO (2003-01-15) 2003年1月15日(23歳)176日本の旗 日本OH2021年-島田商業高校
33中本柚朱NAKAMOTO (2002-11-13) 2002年11月13日(23歳)176日本の旗 日本OH2021年-大阪国際滝井高校
出典:新体制リリース[23] チーム公式サイト[24] SVリーグ公式サイト[25]
更新:2025年11月29日
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スタッフ

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役職名前備考
代表取締役山河義弘
副社長藤井守雄
事業担当取締役安田良平
ヘッドコーチ河本昭義
ゼネラルマネージャー中田聖子
ゼネラルマネージャー代行谷口幸雄新任
コーチ吉田啓佑
コーチムレイ・ポール
コーチ杉脇藍人新任
トレーナー藤田清乃
トレーナー藤野郁子
ドクター舟木清美
アナリスト伊藤悠利
スクールコーチ神田千絵
マネージャー平田真澄
マネージャー兼フロントスタッフ吉田みなみ
マネージャー兼フロントスタッフ宮西由恵
管理栄養士北村舞子
管理栄養士仮屋友紀子
フロントスタッフ高田さゆり
フロントスタッフ澤田利彦
フロントスタッフ大峯剛
フロントスタッフ藤岡まり
フロントスタッフ近藤亜希子
フロントスタッフ本田潤一
フロントスタッフ溝田知茂
顧問三村聡
出典:新体制リリース[23] チーム公式サイト[24]
更新:2025年6月13日
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在籍していた主な選手

アンダーカテゴリー

下部組織としてU15男女対象チームのシーガルズジュニアを運営[26]。2011年発足[27]。シーガルズコーチの吉田啓佑が監督を務める[28]

ユニフォーム

ユニフォームスポンサー

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掲出箇所 スポンサー名 表記
右胸中国銀行中国銀行
吉備システム吉備システム
ベネッセコーポレーションBenesse
岡山放送OH!くん(イラスト)OHK
ナカシマプロペラナカシマプロペラ
山陽新聞社山陽新聞社
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※ 肩のスポンサーについては試合毎に左右の肩に2社表記される(試合によっては表記されない)。2008-09シーズンまでは、左右の袖にスポンサー表記があったが、2009-10シーズンからユニフォームの上着がノースリーブタイプに変更されたために、肩に変更された。

ユニフォームサプライヤー

オフィシャルスポンサー

(50音別)

現在のオフィシャルスポンサー
過去のオフィシャルスポンサー

いずれも、2007-08シーズンまで。

※上記は、中国銀行とともにチームのメーンスポンサーだった。

脚注

関連項目

外部リンク

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Timelines

Top Qs

Fact Checks