メッテ・フレデリクセン

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代理官フランク・イェンセン
モーゲンス・イェンセン
メッテ・フレデリクセン
Mette Frederiksen
(2025年撮影)
 デンマーク
第47代 首相
就任
2019年6月27日
君主マルグレーテ2世
フレゼリク10世
前任者ラース・ロッケ・ラスムセン
デンマーク社会民主党代表
就任
2015年6月28日
代理官フランク・イェンセン
モーゲンス・イェンセン
前任者ヘレ・トーニング=シュミット
野党院内総務
任期
2015年6月28日  2019年6月27日
君主マルグレーテ2世
首相ラース・ロッケ・ラスムセン
前任者ラース・ロッケ・ラスムセン
後任者ラース・ロッケ・ラスムセン
司法相
任期
2014年10月10日  2015年6月28日
首相ヘレ・トーニング=シュミット
前任者カレン・ハッケラップ
後任者ソーレン・ピンド
雇用相
任期
2011年10月3日  2014年10月10日
首相ヘレ・トーニング=シュミット
前任者インゲル・ストイベア
後任者ヘンリク・ダム・クリステンセン
フォルケティング(国会)議員
コペンハーゲン県選出
就任
2001年11月20日
個人情報
生誕 (1977-11-19) 1977年11月19日(48歳)
デンマークオールボー
政党デンマーク社会民主党
配偶者
エーリク・ハー
(結婚 2003年、離婚 2014年)
子供2人
教育オールボー大学

メッテ・フレデリクセンデンマーク語: Mette Frederiksenデンマーク語発音: [mɛdə fʁɛðʁɛgsən]1977年11月19日 - )は、デンマークの政治家。首相、デンマーク社会民主党代表。女性としてデンマーク史上2人目の首相および社民党代表で、かつ最年少で就任した首相でもある[1]

労働組合職員を経て、2001年の総選挙で国会(フォルケティング)議員に初当選。2011年の総選挙を機に発足したヘレ・トーニング=シュミット内閣では雇用相、のち司法相を務めた。2015年の総選挙で社会民主党が下野し、トーニング=シュミットが党代表を退くと、後任の代表選に立候補し、当選。野党院内総務となった[2][3]

2019年の総選挙では社会民主党、ラディケーリ社会主義人民党赤緑連合フェロー諸島社会民主党グリーンランド進歩党からなる左翼・中道左派連合を率い、国会の過半数を確保。女王マルグレーテ2世から組閣の大命を受け、6月27日に首相に就任した。

ミンク殺処分問題

オールボー出身。父は植字工、母は教師であった[2]。オールボー・ギムナジウムを経てオールボー大学で行政学・社会科学を学び、2000年に卒業[2]。その後、コペンハーゲン大学大学院でアフリカ学の修士号を取得。デンマーク労働総同盟 (LO) に青年コンサルタントとして勤務した[2]

2001年の総選挙でコペンハーゲン県から国会議員に立候補し、初当選。社会民主党はこの総選挙で1920年以来維持してきた第一党の座を失い、第二党に転落した[2]。国会議員に当選後、社民党の文化・メディア・男女平等担当のスポークスマンに任命された[2]。2002年には、政治に対する熱意と勇敢さが評価され、ニーナ・バング賞を受賞[4]。2012年にはティング賞も受賞している。

2005年の総選挙でも、社会民主党は敗れた。この総選挙の後、フレデリクセンは社会問題担当のスポークスマンに異動となり、それに加えて党国会議員団の副団長にも就任した[2]。社会民主党は2007年の総選挙でさらに2議席を減らしたが、フレデリクセン自身は2万7707票という、全当選者中7位の得票数で再選された[5]

2010年5月、フレデリクセンを含む社会民主党の複数の有力な議員が、子どもを私立学校に通わせていたことが発覚した[6]。同党は公教育の推進を主要な政策課題に掲げていたことから、デンマークのメディアはフレデリクセンらを偽善的と批判した[6]。例えば2005年、フレデリクセンは子どもを私立に通わせている保護者を公然と非難していた[6]。フレデリクセン自身はこれに関して、2005年以降、私教育について考え方が変わったと述べた上で、娘の最善の利益を犠牲にして政治家としてのキャリアを優先させることこそ偽善的だと釈明し、さらなる批判を浴びた[7]

2011年の総選挙を経て社会民主党政権が発足すると、フレデリクセンは首相のヘレ・トーニング=シュミットのもとで、雇用相や司法相を務めた[2][3]。雇用相在任中は早期退職年金制度やフレックスジョブ制度などの雇用制度改革を指揮した。

2015年の総選挙後、フレデリクセンはトーニング=シュミットの後任として社会民主党代表に就任した。この総選挙で同党は3議席を増やし、国会の第一党に復帰したが、政権与党からは外れていた。フレデリクセン代表のもとで、社会民主党は経済面で左派的な姿勢を強める一方、グローバル化や新自由主義、移民受け入れなどには懐疑的な立場を取るようになった[8][9]

2019年の総選挙で、社会民主党は議席を1増やした。その一方で、与党のヴェンスタ自由同盟は過半数を割り込み、首相のラース・ロッケ・ラスムセンは投票日の夜に敗北を認めた[10]。フレデリクセンは6月27日、ラスムセンの後任の首相に指名された。フレデリクセンの新政権は、社会民主党単独の少数与党政権となった[11][1]。選挙期間中は外国籍の犯罪者の強制送還など、右派ポピュリズム的なバラマキ政策を打ち出していたが、首相就任後は公約を破りより多くの外国人労働者の入国を認めるなど、立場を180度変化させている[12][13][14]

新型コロナウイルス感染症の流行が広がっていた2020年11月上旬、ミンク農場で新型コロナウイルスの変異種が検出され、ワクチンの有効性に悪影響を及ぼす可能性があることからデンマークで養殖されているミンク1500万頭のすべてを殺処分する決定を下した。しかしその後、政府には感染が検出された場所または直近の地域での殺処分を決定する権利しかなく、国全体で殺処分を行うとする決定には法的根拠がなかったことが判明。野党からの追及を受けたモーエンス・イェンセン英語版農業大臣が11月18日に引責辞任したが問題はこれで終わらず[15]、フレデリクセンは11月26日に謝罪に追い込まれた[16]

ヨーロッパ最大の毛皮産業に壊滅的な打撃を与えることとなったこの決定はその後も尾を引き、議会に設置された調査委員会は2022年7月5日にフレデリクセンに象徴的な懲戒処分を決定。これ以上の法的措置は行わないことも決定した[17]もののフレデリクセンの支持率は急降下し、野党はフレデリクセンが解散総選挙を行わない場合は議会にて信任を問う投票を実施すると表明。フレデリクセンは10月6日に解散総選挙英語版を行うと表明し[18]、11月1日の投開票の結果、社会民主党は第1党を維持し、中道右派で第2党のヴェンスタなどと連立政権を結成することで合意。約43年ぶりの左右両派による大連立政権の首班として、フレデリクセンは首相を続投することとなった[19]

グリーンランド領有問題

グリーンランド領有の意向を表明し続ける米ドナルド・トランプ大統領の第1次、第2次政権の両方に対峙し、フレデリクセンは一貫して反対を表明し続けた[20][21]2019年8月にトランプがデンマーク訪問直前、グリーンランドの購入の意思を示した際には否定的な見解を示した。結果的にトランプ大統領のデンマーク訪問、フレデリクセンとの会談は取りやめとなっている[22]。トランプからの圧力に抗し続ける姿勢は国民からの支持を得たため、2026年2月26日には同年11月までに実施が予定されていた議会総選挙英語版を3月24日に繰り上げ実施すると表明した[23]。しかし総選挙の結果、社会民主党は引き続き第1党こそ維持したものの前回の50議席から38議席へと大きく減らし、これは首相が率いる政党の選挙結果としては1903年以来の惨敗となった。社会民主党を含む左派連合は84議席、右派連合は77議席にとどまり、いずれも過半数の90議席には届かなかったため後継の政権は連立交渉に委ねられることとなり、選挙結果を受けてフレデリクセンは国王フレゼリク10世に内閣総辞職を表明したが[24][25]、国王はフレデリクセンを王室調査官(kongelig undersøger)に任命し、新政権の樹立を主導するよう要請した[26]

ギャラリー

主張・政治姿勢

脚注

外部リンク

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