モジュタバー・ハーメネイー
イランの宗教指導者、第3代イラン最高指導者
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モジュタバー・ハーメネイー[5](ペルシア語: مجتبی خامنهای, ラテン文字転写: Mojtabā Ḵāmeneʾī、1969年9月8日 - )は、イランの政治家、イスラム法学者(アーヤトッラー[6])、最高指導者(第3代)、父にして第2代最高指導者のアリー・ハーメネイーの次男。日本においてはモジタバ師、もしくはモジタバ・ハメネイ師と呼称されることが多い[7][8]。
| モジュタバー・ハーメネイー مجتبی خامنهای | |
最高指導者事務所より公表された肖像 | |
| 任期 | 2026年3月8日 – 現職 |
|---|---|
| 大統領 | マスウード・ペゼシュキヤーン |
| 任期 | 2008年8月21日 – 2026年3月8日 |
| 最高指導者 | アリー・ハーメネイー |
| 出生 | 1969年9月8日(57歳) |
| 政党 | (イスラム革命安定戦線→) 無所属 |
| 配偶者 | |
| 親族 | アリー・ハーメネイー(父) ジャヴァド・ハーメネイー(祖父) |
| 宗教 | イスラム教シーア派十二イマーム派 |
| 署名 | |
2026年3月、第2代最高指導者であった父のアリー・ハーメネイーが殺害されたことを受け最高指導者の座に就いたが、後述するように同年2月下旬の開戦以降は公の場に姿を見せておらず、同年8月上旬になってようやくモジュタバーとされる映像が公開されているが、撮影された場所や時期は不明である。
経歴
父親はイラン最高指導者であったアリー・ハーメネイーで、その次男として1969年にマシュハドで生まれる[6]。
モジュタバーは17歳で高校を卒業した後、1987年頃にイスラム革命防衛隊に初めて入隊した[9]。イランにおける宗教の中心地のひとつ、ゴム市内の神学校でシーア派神学を教える中堅聖職者として活動を行っていた。思想的に父親と同じく強硬保守派であり、イラン国内の反政府勢力を弾圧し、外敵に断固として抵抗する政策を支持してきた[10]。
1997年にゴラームアリー・ハッダード=アーデル(2004年から2008年まで国会議長)の娘ザフラーと結婚[11]。
2019年にはモジュタバーがターリバーン、ヒズボラ、ハマース等のテロ行為援助の疑い及びバスィージと癒着した上で国民の抗議デモに対する暴力的な鎮圧に加担したとして、米国財務省から制裁対象に指定されている[12]。
長らく公職には就いていなかったものの、イランの情報・治安機関の重要人物とつながりがあり、父・アリーの存命中より後継者の一人と目されていた[13]が、世襲制の王政を倒して現体制ができたこともあり父親自身は世襲には否定的であったとされ[14]、2025年のイラン・イスラエル戦争後に父アリーが指名した3人の後継者候補には含まれなかった[15]。
2026年1月14日、2025年-2026年イラン抗議デモの最中、米国財務長官スコット・ベッセントは、イランの指導者らが世界中の金融機関に数百万ドルから数千万ドルを不正送金したと発表し、イスラエルのチャンネル14は父アリー名義で15億ドル相当の暗号通貨がドバイの口座に不正送金したのではないかと報じた(一方のモジュタバーは3億2800ドルを不正送金している)。[16]
2026年2月28日に開始されたイスラエルとアメリカ合衆国によるイラン攻撃により、アリー・ハーメネイーおよび政府高官が爆撃により殺害された。これを受けて、モジュタバーはイラン専門家会議が執行する最高指導者選挙において選ばれる後継者の有力候補となった。 専門家会議のメンバーによれば、選挙はシーア派の聖地コムの議場が爆撃されたため非公開の場所で召集されたため、出席者できないものは多かったものの定足数の2/3には達していた。そのうち80-90%がモジュタバーを支持したが、イスラム革命防衛隊が後継者にモジュタバーを推したため、異論は封殺される形となっていた[17][18]。
一方、同年3月5日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、「ハーメネイーの息子は私には受け入れられない。イランに調和と平和をもたらす人物が必要だ」と表明した[19]。3月8日、後継の指導者に選出されたと報道された[20]。なお、モジュタバーの妻であるザフラー・ハッダード=アーデルは先のイスラエル軍の空爆の際に死亡したとされる[21]。一方でイラン国営放送などの報道では、モジュタバーは先の空爆の際にイスラエル軍の攻撃のターゲットとなり負傷して障害を負ったとも伝えられており、攻撃が行われた28日以降、公に姿を現さず[22]、後述のように3月12日になってようやく声明を発表した。
モジュタバーが最高指導者に就任したことで、対アメリカ強硬派で革命防衛隊と緊密な関係を築いている事や、一連の攻撃で父のアリーや妻など親族を殲滅させられている事などから、父の路線を受け継ぐ形でイスラエル・アメリカ軍に対し徹底的に抗戦する可能性が指摘された[23]。
3月12日に国営テレビのアナウンサーがモジュタバーの最初の最高指導者声明として「殉教者たちが流した血への復讐を諦めない」というアメリカ・イスラエルへの復讐宣言を読み上げているが、本人の姿や肉声はなかった[24][25]。
同日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が記者会見にて、モジュタバーが殺害対象になっていると名指しで警告した[26]。アメリカのドナルド・トランプ大統領も核兵器開発の放棄などの要求に応じない場合は、殺害することを認める考えを表明[27]。
モジュタバーの最高指導者就任1か月が経過した4月9日、国営放送のアナウンサーがモジタバの声明として「我が国を攻撃した犯罪的侵略者を決して罰せずにはおかない。あらゆる損害に対する賠償を間違いなく要求する」という声明を読み上げているが、依然としてモジュタバーは姿を見せず[28]、7月4日から10日にかけてテヘランなど各地で執り行われたハーメネイーの葬儀から埋葬までの一連の式典には政府高官も多数参列したが、モジュタバーが参加したという確たる情報はなかった[29][30]。しかし終了後の7月11日にはアメリカとイスラエルに対する復讐を誓う声明を発表している[31]。7月9日の式典にて撮影された映像に映っている、顔の大半をマスクで覆った男性はモジュタバーではないかとする推測も報じられたが、モジュタバーは自らの暗殺を避けるため一連の行事には出席しなかったとされている[32]。 その後も公の場に姿を現すことがない状態は続いた。
イラン当局が公開している画像イメージも、AI生成や、古い写真ばかりであるため、WSJの報道によれば一部で「ダンボール(cardboard)アヤトラ」という異名をとっているという[33]。
8月8日になってメフル通信社がようやくモジュタバーとされる人物の映像を公開した。周りの人々に話しかけている男性が映っており、これがモジュタバーであるとされるが、肉声は含まれていないほか、時期や場所も不明で、周りの人々が誰なのかも明らかにされていない[34]。
安否に関する主な憶測
声明はモジュタバー自身ではなく国営テレビのアナウンサーが代読する形を取っており、2026年5月時点でも動く姿の映像はおろか肉声の音声すら公表されていないため、様々な憶測を呼んでいる。このため革命防衛隊が事実上、国家を運営しているとの推測もある[35]。
同年7月、ペゼシュキヤーン大統領は「モジタバ・ハメネイ師との接触の頻度が日を追うごとに増えている」とコメントしていた[36]が、8月5日には一転「現在、同師と直接連絡を取ることが非常に難しい・・・」とする表現の変化が生じた[37]。
モジュタバーが負傷したとする説は多くあるが、怪我の程度や置かれた状況については内容が異なっており、統一した見解はない。
アメリカ・イスラエル政府の見立て
3月13日の記者会見でアメリカ合衆国のピート・ヘグセス国防長官はモジュタバーは負傷しており外見が損なわれた公算が大きいとの見解を発表している[38][39]。
3月14日のNBCニュースのインタビューで、アメリカのドナルド・トランプ大統領は「生きていないとも聞いた」と述べてモジュタバーの生存を疑問視する説を述べている[40]。
4月27日の米FOXニュースのインタビューでアメリカのマルコ・ルビオ国務長官はモジュタバーは生存している兆候はあるが、革命防衛隊ら破滅的な未来像を描く強硬派が最高権力を持っているとの見解を示した[41]。
5月10日のCBS『60 Minutes』のインタビューで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、モジュタバーについて「生きていると思う」と述べる一方、健康状態は不明であり、バンカーまたは秘密の場所にこもって権威を行使しようとしているが、モジュタバーには父と同等の権威はなく、それが体制内の混乱を生んでいるとの見方を示した。また、イラン革命体制は、亀裂や対立を抱えており、1979年革命以来もっとも弱体化した状態にあるとの見方を示した[42][43]。
その他メディア報道された憶測
3月15日にはクウェート日刊紙のアル=ジャリダが、攻撃を受け負傷したモジュタバーについて、継続する空爆や浸透工作の中でイラン国内での治療継続は困難と判断され、ロシア軍用機でモスクワへ秘密裏に移送され、到着後に手術を受けたと報じた[44]。これに対し、ロシア国営のタス通信は3月17日、イランの駐ロシア大使が、モジュタバーがモスクワで治療を受けているとの報道を否定したと報じた[45]。また、3月31日にイランに駐在するロシア大使アレクセイ・デドフは、ロシア国内メディアRTVIに対し、モジュタバーはイラン国内にいるが公の場に出ることを控えているとするイラン指導部の説明を支持すると述べた一方、自身はモジュタバーとは接触していないとした[46]。
3月16日、イギリスのテレグラフは、ハーメネイー事務所の儀典責任者マザーヘル・ホセイニの流出音声を入手したとして、ホセイニが、3月12日の非公開会合で、「モジュタバーは2月28日の攻撃直前に中庭へ出ていたため、死を免れた。攻撃で脚を負傷した」と会議出席者たちに説明したと報じている[47][48]。
4月6日、イギリスのタイムズは、湾岸諸国の間で共有され、米国・イスラエルの情報機関による分析をもとに作成されたと見られる外交文書を入手したとして、モジュタバーは意識不明の重体で、イラン中部のイスラム教シーア派の聖地ゴムで治療を受けており、体制の意思決定に関与できない状態にあると報じた[49][35]。
4月23日にアメリカのニューヨークタイムズは、複数のイラン当局者からの情報として、モジュタバーの状態について「片足の手術を3回受け、義足を待っている。片手も手術を受けた」「徐々に回復しているが、顔と唇はひどい火傷を負い、話すのが難しい。最終的には整形手術が必要になるだろう」「思考ははっきりしているが、少なくとも今のところ革命防衛隊の上層部に意思決定を委ねている」「革命防衛隊司令官はモジタバ師と面会しておらず、心臓外科医でもあるマスウード・ペゼシュキヤーン大統領が治療に関与している」と報じている[50]。
8月7日、イラン反体制メディアのイランワイヤーは、消息筋を引用して「モジュタバー師が現在、閣僚らと全く接触していない」とし、「彼がいつ死亡してもおかしくないとの噂がイラン首脳部で広まっている」との主張を報道した[51]。
人物

The Conversationが実施したインタビューでイスラーム専門家であるメフメト・オザルプは、モジュタバーは父以上にイスラム革命防衛隊の影響下に置かれると語っている[52]。モジュタバーは公開講演や金曜説教、政治演説を一度も行ったことはなく、国民の大多数は彼の肉声さえ知らないと言う[20]。
モジュタバーは、父アリーが語っていた核兵器の利用を禁ずるファトワーに反対していて、父以上にイランの核開発に注力していたのではないかと疑われている。ワシントン近東政策研究所によるとモジュタバーは「米国とイスラエルに対する攻撃によっては核開発を迅速に進めるとし、この選択は紛争の更なる展開に繋がるであろう。」と述べている[53]。
妻ザフラーとの間に息子2人、娘1人[6]。妻は父のアリー共々イスラエル軍の攻撃で死亡したと報じられている[54][55]。
イスラム法学者としての称号は最高指導者に必要とみられていた「アーヤトッラー」ではなく、中堅聖職者に与えられる「ホッジャトル・エスラーム」であり最高指導者就任にあたり懸念されたとされる[56]。