ユザナ・グループ
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1994年、ミャンマー軍(国軍)関係者と親密な関係があるとされるテイミンがユザナ・グループを設立。ミェイク諸島(メルギー諸島)の漁業への投資から事業を始め、その後、ヤンゴンの住宅・商業用不動産市場に参入。1990年代半ばには最大のプロジェクトとなる郊外住宅開発「ユザナ・ガーデン・シティ」に着手した。その後、運輸、建設、ホテル・観光、パーム油生産、ゴム農園などの分野に事業を拡大。ヤンゴンにユザナ・スーパーマーケットとユザナ・ホテルを所有し、ヤンゴンのタケタ地区に石油精製所を設立した[1]。
テイミンは、ミャンマー漁業協会会長、建設業者協会会長、漁船所有者協会会長も務めていた[1]。また、連邦団結発展党(USDP)にも所属し、2011年から2016年まで人民代表院議員を務めた[2][3]。
カチン州における土地収用問題
ユザナ・グループは、2000年代半ば以降、カチン州フカウン(Hukawng)渓谷を中心に、大規模な農業・プランテーション事業を展開してきた。これらの事業は、国家平和発展評議会(SPDC)体制下で推進された国家主導の農業開発政策と密接に結びついており、同地域における土地取得や開発は、環境破壊や住民の土地権侵害を伴うものとして国内外から強い批判を受けている[4]。
土地収用の経緯
2006年頃、SPDCは、農業生産拡大を目的として、カチン州フカウン渓谷における大規模農園開発を承認した。ユザナ・グループはこの政策の下で、政府および国軍の支援を受け、数十万エーカー規模の土地使用権を取得したとされる。しかし、これらの土地の多くは、地元住民が慣習的に耕作・利用してきた農地や森林であり、十分な事前説明や補償が行われないまま収用されたとの指摘がなされている[5]。
収用の規模と住民への影響
報告によれば、ユザナ・グループがフカウン渓谷で取得した土地の面積は約40万エーカーに及ぶとされる。この土地収用により、多くの農民が生計手段である農地を失い、地域社会の経済基盤が大きく損なわれた。土地を失った住民の一部は、ユザナの農園で労働者として雇用されたが、低賃金や不安定な雇用条件が問題視されている[6]。
また、農園開発に伴い、住民が利用していた農道の破壊や通行制限、私的な通行料の徴収が行われたとの報告もあり、地域住民の日常生活や移動の自由に深刻な影響を及ぼした[7]。
環境破壊と自然保護区への影響
フカウン渓谷は、世界最大級のトラ保護区であるフカウン渓谷トラ保護区(Hukawng Valley Tiger Reserve)を含む自然豊かな地域である。しかし、ユザナ・グループによる農園造成のための森林伐採や土地改変により、生態系への深刻な影響が生じたと指摘されている。環境保護団体は、保護区内での大規模農業開発が野生動物の生息地を著しく損なったとして、強い懸念を表明している[8]。
住民の抵抗と武装勢力との関係
土地収用に反発した農民や市民団体は、土地返還や補償を求めて抗議活動や訴訟を行ってきたが、多くの場合、十分な救済は得られていない。一部地域では、カチン独立機構(KIO)およびその武装組織であるカチン独立軍(KIA)が関与し、ユザナ関連施設への攻撃や農地の実力回復が行われるなど、土地問題が武装衝突と結びつく事例も報告されている[9][10][11]。