ラピッズ郡 (ルイジアナ州)
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| ルイジアナ州ラピッズ郡 | |
|---|---|
アレクサンドリア市にあるラピッズ郡庁舎 | |
郡のルイジアナ州内の位置 | |
州のアメリカ合衆国内の位置 | |
| 設立 | 1807年 |
| 郡名の由来 | 地元の川の急流から |
| 郡庁所在地 | アレクサンドリア |
| 最大の都市 | アレクサンドリア |
| 面積 - 総面積 - 陸 - 水 |
3,527 km2 (1,362 mi2) 3,425 km2 (1,323 mi2) 102 km2 (39 mi2), 2.89% |
| 人口 - (2020年) - 密度 |
130,023人 |
| 標準時 | 中部: UTC-6/-5 |
| ウェブサイト | www |
ラピッズ郡(英: Rapides Parish)は、アメリカ合衆国ルイジアナ州の中央部北西に位置する郡である。人口は13万0023人(2020年)[1]。陸地面積では州内最大の郡である。郡庁所在地はアレクサンドリアであり[2]、同郡で人口最大の町である。
ラピッズ郡はアレクサンドリア都市圏に属している。郡名の "Rapides" はフランス語であり、英語の "rapids" (急流)である。
1763年、現在のラピッズ郡となった地域は、カーレレック総督の許可を得たアパラチー族インディアンが新しく住む所となった。アパラチー族は現在のフロリダ州レオン郡から、イギリスとその同盟インディアンであるクリーク族から逃げてきていた。その子孫の多くが現在のナケテシュ郡に残っている。
最初のフランス人開拓者はビンセント・ポリーであり、1764年7月にナケテシュの軍政府長官から小さな土地の特許を受けていた。1776年12月にはオーブリーとフォーコールトの許可でニコラス・エティエンヌ・マラフレー・レイサードが到着し、ラピッズの松林に船のためのタール工場を設立した。レイサードは後にラピッズ郡の初代市民指揮官に指名された。1760年代、この地域はナケテシュ郡に従属していた。
1790年代、アレクサンダー・フルトンがラピッズ郡の中にスペインの土地特許を取得し、1805年には将来のアレクサンドリアの町の区画を引いた[3]。ラピッズ郡は1807年にオーリンズ準州政府によって設立された。
北軍がアレクサンドリアを占領していた1863年4月1日、郡内の住民投票が行われ、暫定州憲法制定会議に送る代議員を選んだ。北軍のナサニエル・バンクス少将に拠れば、この選挙はアレクサンドリアで「ラピッズ郡民の要請で行われた。軍人は誰もこの件に干渉せず、関わらなかった。忠実な市民に全てが任された」とされている[4]。この投票は北軍が占領した地域によって日程が異なっていた。ニューオーリンズでは3月28日に行われた。マークスビルとグランドエコールがその後に続いた。歴史家のジョン・D・ウィンターズに拠れば、「これら選挙のどれも北軍のレッド川方面作戦を遅らせなかったし、その結果に物理的影響を与えるものではなかった」としている[5]。
地理
人口動態
| 年 | 人口 | %± | |
|---|---|---|---|
| 1900 | 39,578 | — | |
| 1910 | 44,545 | 12.5% | |
| 1920 | 59,444 | 33.4% | |
| 1930 | 65,455 | 10.1% | |
| 1940 | 73,370 | 12.1% | |
| 1950 | 90,648 | 23.5% | |
| 1960 | 111,351 | 22.8% | |
| 1970 | 118,078 | 6.0% | |
| 1980 | 135,282 | 14.6% | |
| 1990 | 131,556 | −2.8% | |
| 2000 | 126,337 | −4.0% | |
| 2010 | 131,613 | 4.2% | |
| 2020 | 130,023 | −1.2% | |
| Rapides Parish Census Data[7] | |||
以下は2000年国勢調査による人口統計データである。
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基礎データ
人種別人口構成
年齢別人口構成
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世帯と家族(対世帯数)
収入と家計 |
水域
- カタホウラ湖
都市と町
政府の機関
教育
ラピッズ郡教育委員会が郡内公立学校を運営している。