リタ・ヘイワース
From Wikipedia, the free encyclopedia
Margarita Carmen Cansino
| リタ・ヘイワース Rita Hayworth | |
|---|---|
|
1946年宣伝写真 | |
| 本名 |
マルガリータ・カルメン・カンシーノ Margarita Carmen Cansino |
| 生年月日 | 1918年10月17日 |
| 没年月日 | 1987年5月14日(68歳没) |
| 出生地 |
|
| 死没地 |
|
| 配偶者 |
Edward C. Judson (1937-1943) オーソン・ウェルズ (1943-1948) Prince Aly Khan (1949-1953) ディック・ハイムズ (1953-1955) ジェームズ・ヒル (1958-1961) |
| 著名な家族 |
レベッカ(娘) ヤスミン(娘) |
| 主な作品 | |
|
『いちごブロンド』(1941年) 『血と砂』(1941年) 『ギルダ』(1946年) 『上海から来た女』(1947年) 『カルメン』(1948年) 『夜の豹』(1957年) 『旅路』(1958年) 『サーカスの世界』(1964年) | |
リタ・ヘイワース(Rita Hayworth, 本名Margarita Carmen Cansino、1918年10月17日 - 1987年5月14日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン出身の女優。1940年代にセックスシンボルとして一世を風靡した。
マルガリータ・カルメン・カンシーノとして生まれる。両親共にダンサーであり、自身も12歳から舞台に立ち、10代のはじめには週に20ステージも踊っていた[1]。
1935年にFOXと契約して映画デビューしたがすぐにフリーに戻り、しばらくしてコロムビアと契約した。その際に、スタジオから髪を赤毛に染めるように申し渡された(地毛は濃い茶色)[2][3]。また、生え際に電気針で毛根の処理を施して脱毛し、額を広くする処置も行った[4]。
2年の間に端役をこなした後は、1939年、ハワード・ホークス監督の『コンドル』で注目を集める。その後は、ジェームズ・キャグニー主演の『いちごブロンド』やタイロン・パワーの『血と砂』、フレッド・アステアと共演した『踊る結婚式』などでスターの座を掴む。豊かな赤毛がトレードマークで、テクニカラー作品によく映えた。
ヘイワースの魅力が最も発揮された作品は1946年の『ギルダ』とされる。チャールズ・ヴィダー監督のフィルム・ノワールで運命の女ギルダを演じ、セックス・シンボルとして絶大な人気を誇った。黒いドレスを着て"Put the Blame on Mame"を歌う場面はよく知られている。1947年には$250,000の年俸と、出演映画の収益の50%の契約をコロムビアと結んだ[5]。
私生活
プライベートではオーソン・ウェルズ(2番目の夫)やアーガー・ハーン3世の息子Prince Aly Khanなどと5回の結婚歴があり、2人の娘がいた。1980年代からアルツハイマーを患い、1987年に死去。68歳没。
甥は声優のリチャード・カンシーノ[6]。
影響
スティーヴン・キングの小説『刑務所のリタ・ヘイワース』(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)および映画化された『ショーシャンクの空に』の中で刑務所内でこの映画『ギルダ』が上映されるシーンがあり、ヘイワースのポスターが重要なキーとなっている。2001年公開の『マルホランド・ドライブ』でも、「ギルダ」のポスターを見た副主人公が「リタ……わたしの名前はリタよ」と名乗るシーンがある。