リッチー・セクソン

アメリカの野球選手 (1974-) From Wikipedia, the free encyclopedia

リッチモンド・ロックウッド・セクソンRichmond Lockwood Sexson, 1974年12月29日 - )は、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド出身の元プロ野球選手一塁手)。

生年月日 (1974-12-29) 1974年12月29日(51歳)
身長
体重
6' 8" =約203.2 cm
240 lb =約108.9 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
リッチー・セクソン
Richie Sexson
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オレゴン州ポートランド
生年月日 (1974-12-29) 1974年12月29日(51歳)
身長
体重
6' 8" =約203.2 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1993年 ドラフト24巡目
初出場 1997年9月14日
最終出場 2008年8月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

プロ入りとインディアンス時代

1993年のMLBドラフトクリーブランド・インディアンスから24巡目(全体671位)で指名を受け入団。

1997年9月14日のシカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。

1998年は49試合の出場ながら打率.310、11本塁打を記録する。チームは地区優勝を果たし、ポストシーズンでもロースター入りするが無安打に終わり、チームもリーグチャンピオンシップシリーズで敗退した。

1999年は一塁・左翼・指名打者のポジションをこなしながら31本塁打、116打点を記録し、チームの地区優勝に貢献する。ボストン・レッドソックスとのディビジョンシリーズでは打率.167に終わり、チームも2勝3敗で敗退。結果的にこれが最後のポストシーズンとなった。

ブルワーズ時代

2000年7月28日にボブ・ウィックマンらとの交換トレードで、後日発表のマルコ・スクータロら3選手と共にミルウォーキー・ブルワーズへ移籍。移籍後は打率.296、14本塁打を記録し、シーズン通算で30本塁打、91打点を記録。

新本拠地ミラー・パークが開場した2001年は後半戦で打率.293、27本塁打、69打点と調子を上げ、ゴーマン・トーマスが持つ球団記録に並ぶ45本塁打、キャリアハイの125打点を記録する一方で178三振を喫した。

2002年は地元ミルウォーキーで開催されたオールスターゲームに初めて選出され、前日に行われた本塁打競争にも出場した。

2003年は2年連続でオールスターゲームに選出される。全試合出場を果たし、45本塁打、124打点、98四球を記録。MVPの投票で12位に入った。

ダイヤモンドバックス時代

2003年12月1日にクリス・カプアーノクレイグ・カウンセルライル・オーバーベイら6選手との交換トレードで、他2選手とともにアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍。エースのランディ・ジョンソンと共に身長2mを超える投打の柱として「ツインタワー」と呼ばれた。

2004年は4月に9本塁打を放つが、左肩の故障のため序盤でシーズン絶望となって23試合の出場に留まり、チームの最下位転落の元凶となった。オフにフリーエージェントとなった。

マリナーズ時代

2004年12月15日、この年地区最下位に終わり打線強化のため他にエイドリアン・ベルトレを獲得するなど大型補強を敢行したシアトル・マリナーズと契約。

2005年は前年の故障から復活し、打率.263、39本塁打、121打点を記録したが、チームは2年連続で最下位だった。

2006年は序盤から不振に陥り、8月上旬まで打率.220台だったがその後は持ち直し、打率.264、34本塁打、107打点を記録。チームは3年連続で最下位に終わった。

2007年は開幕から絶不調が続いたが、その高額年俸もあって試合に出場し続けたため首位を争うチームの足を引っ張る形となり、比較的温厚なシアトルのファンからもブーイングが浴びせられるという状況が続いた。最終的に打率.205、21本塁打、63打点と散々な成績に終わり、チームもポストシーズン進出を逃した。

2008年も不振は続き、7月10日にマリナーズから解雇された[1]

ヤンキース時代

2008年7月18日にニューヨーク・ヤンキースと契約[2]。ヤンキースでは相手が左投手の際の先発や試合終盤の守備固めとして起用されたが、8月15日に解雇され、この年限りで現役を引退した。

現役引退後

2014年ブルワーズ野球殿堂入りを果たした[3]

引退後はオレゴン州ベンドにあるサミット高等学校英語版でコーチを務めてきたが[4]2023年より北米独立リーグ・フロンティアリーグに所属するウィンディシティ・サンダーボルツの監督を務めることになった[4]

選手としての特徴

  • 身長2mを超える長身選手。バットに当たればボールはスタンド最上段まで飛び込むほどのパワーを持つ。「打てる球・打てない球がはっきりしている打者」とされ、打てる球をじっくり待つタイプのため、追い込まれて三振するケースも多く、毎シーズンのように150三振前後を記録する。
  • 一塁守備ではその長身を活かして、普通なら送球ミスになってしまうような悪送球も捕球できる強みがある。守備範囲こそ広くないが、意外にも打球に対して俊敏な動きを見せることもある。高校時代、バスケットボールで州のオールスターに選ばれているだけあり、身のこなしはよい。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1997 CLE 511111300030000000022.273.273.273.546
1998 49183174285414111103351100603423.310.344.592.936
1999 13452547972122177312461163308340411719.255.305.514.819
2000 913563244583161161494410032504968.256.315.460.775
MIL 572512134463140141194710013423633.296.398.559.957
'00計 1486075378914630130268912004592715911.272.349.499.848
2001 15866759894162243453271252403605617820.271.342.547.889
2002 15765257086159372292871020004707813617.279.363.504.867
2003 16271860697165282453321242305987915118.272.379.548.927
2004 ARI 23104902021409522300001400212.233.337.578.915
2005 SEA 15665655899147361393021211103894616715.263.369.541.910
2006 15866359175156400342981071104645415417.264.338.504.842
2007 122491434588921021173631001511510012.202.295.399.694
2008 7429225227558011963010033700768.218.315.381.696
NYY 223528271011160001600101.250.371.393.764
'08計 96327280296290121073610044300869.221.321.382.703
MLB:12年 1367560449287481286260173062498943141303658831521313145.261.344.507.851
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年度別守備成績

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一塁(1B)左翼(LF)右翼(RF)




































1997 CLE 2111001.000--
1998 4532138636.984340001.000-
1999 6151751748.98848603001.000360001.000
2000 2719825111.99658793001.000-
MIL 5747166550.991--
'00計 8466991661.99258793001.000-
2001 15813561298126.995--
2002 15412241197134.995--
2003 162136313011131.993--
2004 ARI 2319927119.996--
2005 SEA 15111481207121.995--
2006 15012351104115.997--
2007 1161000722102.998--
2008 7356848252.997--
NYY 19788061.000--
'08計 9264656258.997--
MLB 1198968994461951.9941091436001.000360001.000
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記録

背番号

  • 44(1997年 - 2000年途中、2005年 - 2008年7月10日)
  • 11(2000年途中 - 2004年)
  • 39(2008年7月18日 - 同年8月15日)

脚注

関連項目

外部リンク

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