リリアン・ロス (ジャーナリスト)

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職業 ジャーナリスト・作家
リリアン・ロス
Lillian Ross
生誕 Lillian Rosovsky
(1918-06-08) 1918年6月8日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州シラキュース
死没 2017年9月20日(2017-09-20)(99歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク市マンハッタン
職業 ジャーナリスト・作家
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リリアン・ロス(Lillian Ross、1918年6月8日 - 2017年9月20日)は、アメリカ合衆国ジャーナリストである。1945年から70年に渡り『ザ・ニューヨーカー』誌の編集に従事し、記事を寄稿した。初期のアーネスト・ヘミングウェイジョン・ヒューストンに関する記事に見られるような、ロスの記事の小説的なスタイルは、ニュー・ジャーナリズムナラティブ・ジャーナリズム英語版(文芸ジャーナリズム)と呼ばれる手法の主要な影響源であるとみなされている[1]

ロスの本名はリリアン・ロソフスキー(Lillian Rosovsky)で、ロス(Ross)はペンネームであり、『ザ・ニューヨーカー』初代編集長ハロルド・ロスとの縁戚関係はない。ロスは1918年6月8日にニューヨーク州シラキュースで、3人兄弟の末っ子として生まれた。1945年から70年に渡り『ザ・ニューヨーカー』誌の編集に従事し、記事を寄稿した。

1996年に刊行した回顧録"Here but Not Here: A Love Story"(邦訳『ニューヨーカーとわたし: 編集長を愛した四十年』)の中で、長らく『ザ・ニューヨーカー』2代目編集長ウィリアム・ショーンと不倫関係にあり、ショーンが自身の養子エリックの養育にも積極的に関わっていたことを記した[2]。生前のショーンが自身のプライバシーを非常に大切にしていたこともあり、この回顧録の刊行は議論を呼んだ[3]

J・D・サリンジャーの死後、ロスは『ザ・ニューヨーカー』にサリンジャーとの長年の友情について寄稿し、自身とサリンジャーの家族が一緒に写った写真を掲載した[4][5]

ロスは2017年9月20日にマンハッタン脳卒中により死去した。99歳だった[6][7]

著書

脚注

外部リンク

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