リンム From Wikipedia, the free encyclopedia Shamsh-bel-usur(Šamaš-bēlu-uṣur)の石碑の詳細。彼は紀元前864年と紀元前851年のリンムだった。イラクのアッシュール出土。ペルガモン博物館 リンム(Limmu)は、アッシリアに存在した1年交替の名誉職。その名前が年を記録するためのエポニムとして用いられた。アッシリア人は、リンムの名前によって、公的な書類に各々の年を記録した。紀元前890年から紀元前648年の毎年のリンムを記録したリストが見つかっている[1]。 アッシリア王が治世を始めた当初から、リンムは王によって任命され、首都の新年祭を(おそらくは名目上)主宰した。そして、その1年間の公的な年号は「リンム誰某の年」となる。例えば紀元前780年は「リンムシャムシ・イル将軍の年」である[2]。 毎年、新しいリンムが選定された[3]。これはくじで選ばれたが、将軍(タルタン)や王宮の高官、重要州の総督などが選ばれていること、そして主旨から同一人物が連続して選ばれないようになっていたはずであり、候補者が相当に限られた中からの抽選だったと見られる[4]。 古アッシリア時代には、王自身がリンムになることはなかったが、中アッシリア時代や新アッシリア時代には王がリンムとなることもあった。時代が下るにつれて定式化が見られ、まず即位後の王、タルタン(将軍)、ナギル・エカリ(布告官)、ラブ・シャケ(酌人長)、アバラク(家令)、それから各地の総督、と続くのが常だった[5]。 歴史学での利用 リンムを記録した最初の粘土板が発見され解読されたときから、これを用いることで他の同時代人との年代学的な同期ができるようになった。たとえば、19世紀にはすでに解読されていた粘土板(紀元前722年のサマリアの破壊を記録したもの)から、イスラエル王国とユダ王国の王達の系譜とリンムのリストがリンクできるようになった[6]。 脚注 ↑ “リンム表とは - コトバンク”. 2020年10月19日閲覧。 ↑ “Limmu List (858-699 BCE) - Livius” (英語). www.livius.org. 2019年4月1日閲覧。 ↑ “The Old and Middle Assyrian limmu officials [CDLI Wiki]” (英語). cdli.ox.ac.uk. 2019年4月1日閲覧。 ↑ “Limmu - Livius” (英語). www.livius.org. 2020年10月19日閲覧。 ↑ “Assyrian Eponyms (limmu) [CDLI Wiki]” (英語). cdli.ox.ac.uk. 2020年10月19日閲覧。 ↑ “La cronologia biblico-assira, Civiltà Cattolica, Vol.IX (1885), pp.430-443.” (イタリア語). 2015年6月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年6月19日閲覧。 表話編歴編年主要項目 時間 天文学 地質学 古生物学 考古学 歴史 時代と紀元 紀年法: ローマ建国紀元 西暦 / 共通紀元 創世紀元 世界創造紀元 スペイン暦(英語版) BP ヒジュラ エジプト暦 ソティス周期 ヒンドゥー教の度量衡(英語版) ユガ即位紀元: プトレマイオスの王名表(英語版) リンム セレウコス暦(英語版)元号: 中国の元号 日本の元号 朝鮮の元号 ベトナムの元号 台湾の元号 暦法 ローマ暦 ユリウス暦 先発ユリウス暦 修正ユリウス暦グレゴリオ暦 先発グレゴリオ暦 新暦太陰太陽暦 太陽暦 太陰暦 ヒジュラ暦 ヒジュラ太陽暦 干支天文学的紀年法 ISO 8601 天文学 宇宙カレンダー 天体暦 銀河年 メトン周期 ミランコビッチ・サイクル 地質学 地球カレンダー 地質学的年代(英語版) 地史(英語版) 地質時代年代測定の定義: GSSA GSSP年代層序(英語版) 絶対年代 同位体地球化学(英語版) 地層累重の法則 ルミネッセンス年代測定(英語版) サマリウム/ネオジウム年代測定(英語版) 考古学 年代測定: 増分年代測定(英語版) 考古磁気年代測定(英語版) 年輪年代学 言語年代学 氷床コア 地衣計測法(英語版) 古地磁気学 放射性炭素年代測定 放射年代測定 テフロクロノロジー 熱ルミネッセンス年代測定(英語版) ウラン・鉛年代測定法相対年代: セリエーション(英語版) 成層(英語版) 遺伝子 アミノ酸年代測定法 分子時計 関連記事 年代記 フォメンコの「新しい年代学」(英語版) 時代区分 シンクロノプティック・ビュー(英語版) 年表 0年 circa floruit Related Articles