リンム
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概略
アッシリア王が治世を始めた当初から、リンムは王によって任命され、首都の新年祭を(おそらくは名目上)主宰した。そして、その1年間の公的な年号は「リンム誰某の年」となる。例えば紀元前780年は「リンムシャムシ・イル将軍の年」である[2]。
毎年、新しいリンムが選定された[3]。これはくじで選ばれたが、将軍(タルタン)や王宮の高官、重要州の総督などが選ばれていること、そして主旨から同一人物が連続して選ばれないようになっていたはずであり、候補者が相当に限られた中からの抽選だったと見られる[4]。
古アッシリア時代には、王自身がリンムになることはなかったが、中アッシリア時代や新アッシリア時代には王がリンムとなることもあった。時代が下るにつれて定式化が見られ、まず即位後の王、タルタン(将軍)、ナギル・エカリ(布告官)、ラブ・シャケ(酌人長)、アバラク(家令)、それから各地の総督、と続くのが常だった[5]。
