リーゼ・クラヴネス
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Lise Klaveness | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1981年4月19日(44歳) | |||||
| 出身地 | メランド | |||||
| 身長 | 168cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF / FW | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1997-1999 |
| 42 | (9) | |||
| 2000 |
| 13 | (1) | |||
| 2001 |
| 16 | (2) | |||
| 2002-2005 |
| 6 | (0) | |||
| 2006-2007 |
| |||||
| 2008 |
| 21 | (13) | |||
| 2009-2011 |
| 59 | (41) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2002-2011 |
| 73 | (9) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2022年5月1日現在。 2. 2022年5月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
リーゼ・クラヴネス(Lise Klaveness, 1981年4月19日 - )は、ノルウェーの弁護士、元サッカー選手。2002年から2011まで、ノルウェー女子代表として73試合に出場した。2022年3月よりノルウェーサッカー協会の会長を務める。
クラブ
ILサンドヴィケン、アルナ・ビョルナール、アテネ・モス、アスケー・フォトバルを経て、2006-2007シーズンはスウェーデンのウメオIKに在籍。2007シーズンは副キャプテンを務めた。ウメオ所属時の後期、休暇で西アフリカを訪れた際には、重篤な食中毒により42度の高熱を出した。クラヴネスの言葉を借りれば「大鎌を持った男(つまり死神)に会った」のである。
2008年、ノルウェーに戻り、再びアスケーでプレイすると同時にクラブのフィジカルトレーナーも務め、さらには弁護士の資格まで取得し、オスロの法律事務所でフルタイムで働き始めた。
同年末にアスケーは破産し、クラヴネスを含むトップチームの選手の大部分は、近隣のスポーツクラブであるスターベクIFに移り、女子チームスターベクFKを設立した。それにより、スターベクはノルウェーで初めてエリテセリエンとトップセリエンという男女の最上位リーグに加盟するチームを持つクラブとなった。2011年に国際舞台からは退いたが、翌シーズンも引き続きスターベクでプレイする契約を交わしていた。しかし熱意を失ったのか、2012年3月、選手として完全に引退することを発表した[1]。
代表
アメリカで開催された2003 FIFA女子ワールドカップやイングランドで開催されたUEFA欧州女子選手権2005(女子ユーロ)にノルウェー女子代表として出場。
中国で開催された2007 FIFA女子ワールドカップにも出場し4位となったが[2]、同年末に51試合6ゴールという記録を残し、一度ノルウェー代表を引退。中国大会から長旅を終え帰国した直後、空港ラウンジで監督のビャルヌ・ベルントセンから「もはや必要ない」と言われたクラヴネスの去就は物議を醸し、自身やチームメイトたちにショックを与え、動揺させた[3]。2009年、監督がベルントセンからエリ・ランセムに代わると、クラヴネスは再び代表に召集された。
同年10月、2011 FIFA女子ワールドカップの予選で代表に復帰。最終的には、ノルウェー女子代表としてさらに22試合に出場した。