ルノー・ド・ヴァンドーム
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| ルノー・ド・ヴァンドーム Renaud de Vendôme | |
|---|---|
| ヴァンドーム伯 | |
| 在位 | 1005/7年 - 1016年 |
| 称号 |
フランス宰相(988年 - 991年) パリ大司教(992年 - 1016年) |
| 出生 |
不明 |
| 死去 |
1016/17年 |
| 家名 | ブシャール家 |
| 父親 | ヴァンドーム伯ブシャール1世 |
| 母親 | エリザベート・ル・リッシュ |
| 役職 | 司祭 |
| 宗教 | キリスト教カトリック教会 |
ルノー・ド・ヴァンドーム(フランス語:Renaud de Vendôme, ?- 1016/17年)は、ブシャール家のブシャール1世ヴェネラブルとその妻であるコルベイユ伯未亡人かつソー=ラルシャン女卿エリザベート・ル・リッシュの息子[1][2]。僧籍に入った司祭であったが、988年から991年の間はフランス王ユーグ・カペーの宰相、992年から1016年迄パリ大司教を歴任した。ブシャール家最後のヴァンドーム伯。
ユーグ・カペーにより、988年にフランス宰相に任じられ、991年にパリ大司教に任命される。996年にロベール2世の治世になって以降、ルノーは権力を失い、王立評議会への影響力も減退した。そのためルノーはますます故郷のヴァンドームで過ごすことが多くなり、1005年に父ブシャールの伯位を継承した。
ルノーはガティーヌの森の多くの開拓地でプリュネ(フランス語版)(昔のヴィル=レヴェック)、ヴィルデュ(フランス語版)、フェリエール、モントドン[3]の数村を開拓・設立し、サン=エティエンヌに敬意を表し、シャルトル近郊のヴィルデュ、ガスティノー、ウセ(フランス語版)[4]に教会を建てた。
1005年頃、ルノーはサン=メリ教会の祭壇をパリのノートルダム大聖堂の律修司祭に譲渡したとされる[5]。
ルノーは、1006年12月2日に教皇ヨハネス18世の勅許により、ラルシャン村(フランス語版)をパリのノートルダム寺院に寄付したと考えられている。
しかし、この羊皮紙上での行為が史実であるかは疑わしいとも評されている[6]。