ルブシュ県

ポーランドの県 From Wikipedia, the free encyclopedia

ルブシュ県Lubusz Voivodeship (ポーランド語: województwo lubuskie [vɔjɛˈvut͡stfɔ luˈbuskʲɛ] ( 音声ファイル)))は、ポーランド西部の県である。県都はゴジュフ・ヴィエルコポルスキ、県議会所在地はジェロナ・グラドイツブランデンブルク州との国境線沿いにあり、国内ではドルヌィ・シロンスク県ヴィエルコポルスカ県西ポモージェ県と接している。

概要 ルブシュ県 województwo lubuskie, 国 ...
ルブシュ県

województwo lubuskie
ルブシュ県の旗
ルブシュ県の紋章
紋章
ルブシュ県の公式ロゴ
ブランドマーク
ポーランドの旗 ポーランド
県都 ゴジュフ・ヴィエルコポルスキ
政府
  ヴォイヴォダ Marek Cebula (PO)
  元帥 Marcin Jabłoński (PO)
面積
   13,987.93 km2
人口
(2019年6月30日[1]
   1,013,031人
  密度 72人/km2
  都市部
657,844人
  農村部
355,187人
GDP
   121億7,900万ユーロ
  1人あたり 12,100ユーロ
等時帯 UTC+1 (CET)
  夏時間 UTC+2 (CEST)
ISO 3166コード PL-08
ナンバープレート F
HDI (2019) 0.862[3]
ウェブサイト lubuskie.pl
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歴史

ルブシュ地方ポーランド語版(現ルブシュ県のある地方名)の80%以上の土地は第二次世界大戦が終了した1945年にポーランドに復帰し、旧ポズナン県に編入された(ジェロナ・グラは旧ヴロツワフ県に編入)。1950年に行われた行政区画再編では、おおよそ現在のルブシュ県と同じくらいの領域の旧ジェロナ・グラ県が設置された。1975年から1998年までは、旧ゴジュフ県と旧ジェロナ・グラ県に分かれていた。

1998年、クレシェ教授の案に従ってゴジュフ県とジェロナ・グラ県は西ポモージェ県、ドルヌィ・シロンスク県、ヴィェルコポルスカ県に振り分けられたが、地域住民の猛反発を招いた。最終的に政府の計画はうまく行かず、ルブシュ県の発足が決定した。「ルブシュ」の名はこの地域の歴史的な呼称で(ズィーミア・ルブシュカポーランド語版, ラテン語: Terra Lebus, ドイツ語: Land Lebus)、オドラ川(オーデル川)の両側に広がるルブシュ地方は中世にはこの一帯の政治、文化の中心地だった。その中心であるルブシュポーランド語版(ポーランド語:Lubusz、ドイツ語:Lebus)の町はオーデル川の西岸、現在のドイツ側に位置している。

地域区分

ジェロナ・グラ
ゴジュフ・ヴィエルコポルスキ
ノヴァ・スル
シフィェボジン
さらに見る 人口推移, 年 ...
人口推移
人口±%
1988982,684    
20021,008,954+2.7%
20111,022,843+1.4%
2021991,213−3.1%
Source: [4]
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  • 郡 (powiat)
    • ゴジュフ郡 (Powiat gorzowski)
    • クロスノ郡 (Powiat krośnieński)
    • ミェンヅィジェチ郡 (Powiat międzyrzecki)
    • ノヴァ・スル郡 (Powiat nowosolski)
    • スウビツェ郡 (Powiat słubicki)
    • シュチュシェルツェ・ドレズデンコ郡 (Powiat strzelecko-drezdenecki)
    • スレンチン郡 (Powiat sulęciński)
    • シフィエボジン郡 (Powiat świebodziński)
    • フスホーヴァ郡 (Powiat wschowski)
    • ジェロナ・グーラ郡 (Powiat zielonogórski)
    • ジャガン郡 (Powiat żagański)
    • ジャルィ郡 (Powiat żarski)

観光地

ウェンクニツァ(Łęknica)

ドイツ国境の街。ヌィサ・ウジツカ川(ドイツ名ナイセ川)の対岸にはドイツの街バード・ムスカウ(Bad Muskau)があり、で結ばれている。ウェンクニツァとバード・ムスカウにまたがるイギリス式庭園ムジャクフ公園(ドイツ名ムスカウ公園)はユネスコ世界遺産に登録されている。

ジェロナ・グラZielona Góra

長い間ポーランド王家の分家であるシロンスク・ピャスト家グウォグフ公国領であり、16世紀初頭にボヘミア王国領、次いでオーストリア領、その後プロイセン王国領、ドイツ領を経て、第二次世界大戦後よりポーランド領となった。ワイン生産はポーランド国内で2箇所でしか行われていないが、ジェロナ・グラはその一つである(もう一箇所はマゾフシェ県のヴァルカという街)。13世紀半ばから白ワインの生産が行われ、現在はこの地方のワイン畑は4000、ジェロナ・グラ市のみでは2500。社会主義時代はワイン生産が廃れかけていたが、1989年にポーランドが社会主義を放棄すると、ワイン産業はみごとに復興した。ここで最も有名なワインの銘柄は「モンテ・ヴェルデ(Monte Verde)」というが、これはイタリア語でその意味は「緑の山」、これはポーランド語ではジェロナ・グラ(Zielona Gora)となる。毎年9月にはワインの収穫祭りが催されポーランド国内や近隣のドイツから観光客がやってくる。2009年のワイン祭りは9月5日から13日にかけて開催される。ここは大学街でもあり、学生が多い。市公式サイト(英語・ポーランド語・ドイツ語)あり

関連項目

脚注

外部リンク

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